第7章 暁の蛇[善逸]
荷物をまとめ、玄関先に立つ彼を見て、私はまた泣きそうになった。
泣きそうな顔をする私に、彼はまた慌てていた。あわあわと手をダバダバ動かして、顔は百面相。
そんな彼を見たら、ふっと笑みが零れた。
笑った私を見て、彼は少し不本意そうな顔をしたけれど、その後はまた、いつものようなだらしない笑顔に変わった。
「行くの怖いよ。俺めちゃくちゃ弱いしね。帰って来れないかもしれない。次で死ぬかもしれないし。分かんない。行きたくないなぁ。」
善逸さんは、笑顔のまんま言う。
「でも、君がいるなら、まだ死にたくないなって、思うよ。」
朝焼けの中、彼の口は優しく動いていた。
やっぱり私は、彼の笑顔が好きだ。
笑っている彼が好きだ。
私が小さく手を振ると、彼もまた小さく手を振って、太陽の方に向かって歩いていった。
本当は、引き止めたい。
その袖をひいて、手を握って。「行かないで」と言えば、もしかしたら行かないのかも。そんなに死を身近に感じることも無く、死ぬことも無く、きっと、怪我もしない。
そんな想いを抱えていても、私は人間のままだ。
あの娘さんのように蛇になることなんて、出来ない。人間のまま、彼の背中を見送るだけだ。
「ぜっ!ん、いつさん。」
大きな声を出すと、彼は振り返ってまた笑顔になった。
なぁに?と、口が動いた。
「…っぁ、」
何を言わなければならないのか、私には分かっている。
だって私は、“藤の家紋の家”の娘。
「ご武運を。」
そう言うと彼は、また大きく手を振って「うん」と口を動かした。
私は手を握って、ただ祈る。
彼がいつまでも幸せに暮らすことが出来ますように。
彼らがいつか、全ての鬼を滅することが出来ますように。
彼らが平穏に、幸せに暮らすことが出来る時代がやってきますように。