第7章 暁の蛇[善逸]
微かに、何かが流れている音がする気がする。
その音は優しく、包み込んでくれているようで。
私は耳に添えられていた彼の手を、ぎゅうと握りしめた。ぎゅうと、耳に押付けた。
何の音も無かった私の世界が、優しい音で溢れていく。
小さく聴こえるその音は、善逸さんが生きている証。流れる血の音と、その中で動くものの音。
「あったかいです。」
手を離したくなかったけれど、私はゆっくり、彼の手を耳から剥がした。
「ありがとう。」
私はそう言ったつもりだけれど、ちゃんとそう言えていたのかは知らない。伝わるようにと、ただ祈った。
善逸さんの手を握ったまま、目を瞑って祈った。
数年前、大病を患って以来、私の世界には音が無くなった。
あの時、大病で熱に浮かされて居た時、私は初めて死を身近に感じた。そして初めて、人間などいつ死んでもおかしくないことを知った。明日死ぬかもしれないし、今生きていることも、奇跡なのかもしれないのだと。
しかし、ここに泊まりに来る人たちは皆、それよりずっと死が身近である。
帰って来る人よりも帰ってこない人の方が多いし、また会おうという約束は、何度も破られた。
すべては鬼を、滅する為に。
「あっ、あ、えと、そうだお布団!お布団用意します、ね!」
はっと気が付き前を向くと、彼は真っ赤っ赤な顔をして呆然と私を見ていた。
随分大胆なことをしてしまったと、恥ずかしくなって部屋から逃げだし、隣の部屋へ駆け込んだ。
バレた、これは絶対バレてしまった。なんて大胆なことをしてしまったんだろう。彼は驚いたかもしれない、嫌だと思われたかもしれない。
赤い顔を覆って、ペタりとしゃがみこみ、私はさっきの温かさを思い出していた。
彼の手、とても優しかったなぁ。