第7章 暁の蛇[善逸]
「遅くなって、ごめんなさい。」
私が慌ててたくさんのお皿をもって部屋の扉を開けると、彼は少し慌てた顔で私が持っていたお皿を全部持ってくれた。
「あと、まだ、ありますので」
そう言って私が台所に駆けると、一緒になって彼もついてきてくれた。嬉しくて、少し、照れた。
私がご飯を入れたおひつを持つと、彼はお味噌汁と卯の花を持った。彼の方を見たら目が合って、私は照れて下を向いた。顔、赤くないだろうか。
運んだご飯はまだ温かく、私は安心した。少しでも、美味しいとおもってほしいから。
善逸さんが食べている間は、じーっと見られるのは嫌だろうから、隣の部屋で三味線を弾くことにした。
とん、と膝の上に置き、撥をきゅっと握る。
目を閉じて、息をふっとつく。
まずは、と善逸さんに一番最初に習った唄を弾いた。
私は唄を口ずさんだ。
上手く歌えているだろうか、ちゃんと歌詞を歌えているんだろうか。分からないけれど、歌うのは楽しかった。
教えてもらったこの曲には、梅や桜や柳や山吹、いろんなお花や植物が出てくる。梅も桜も私は好きで、この唄のことはすぐ大好きになった。
歌い終わり、もう一度息をふっと吐き前を向いた。
もう一曲、弾こう。
母から教わった唄。
撥を握り、また目を閉じる。指の動きで覚えている。
鐘に怨みは数々ござる
初夜の鐘をつく時は
諸行無常とひびくなり
確かこんな風に始まる唄だった。
大昔のお話だ。
若く見目麗しい僧侶に恋をした娘は、僧侶に色恋は認められないと逃げる僧侶を純粋な気持ちで追いかけた。やがて抑えがたい愛情は憎しみとなり、娘は大蛇に姿を変えてしまう。
最後はお寺の鐘の中に逃げ込んだ僧侶を見つけ、鐘に蛇と成った体を巻き付け、自ら炎となって僧侶を焼き殺してしまうという非恋の物語。
母は恐ろしい物語だと言ったけれど、私は怖いとは思わなかった。
私は、こんな風に人を強く想うことができたその娘に少し憧れていた。想う人を命をかけて追うことが出来る人なんて、この世にどれだけいるのだろう。
命をかけて出ていって帰らなかった人達を、私は沢山見た。そんな人達をこの娘のように追えたなら。
その唄が終わって前を向くと、善逸さんが見ていたのに気がついた。またにこにこと笑っている。
「上手になったねぇ」と、言ってくれた気がする。