第5章 眼福眼禍[炭治郎]
つむぎさんの、大声で泣く声が、部屋中に響き渡った。
俺は、つむぎさんの頬を伝う涙を、ゆっくり拭った。できるだけ、丁寧に。
ほんの少しでも、彼女の悲しみが少なくなるようにと、願いながら、祈りながら。
「つむぎさん…」
つむぎさんのお母さんは、ずっと黙って彼女の声を聴いていた。悲し気な匂いが、した。
大切な人を失う悲しみは、痛いほどわかるはず。分かっているはずなのに、渡す言葉はいつも、わからない。
「つむぎ。」
「かあ、さん?」
言葉とともに、ふいにぷんと強く香った。
この香りは、よく、知っている。
懐かしくて、暖かい。
「頑張ったわね、つむぎ。ありがとう。」
「え、だって、わたし、嘘を、」
「親孝行を、と思ってついた嘘、でしょう?」
そうだ。
強くて優しい、”母さん”の匂いだ。
「ううん、そ、れだけじゃ、なくって、」
「そう思わないと、苦しくてたまらないんだろ?」
「…う、ん…」
「分かるわよ。母さんだって、父さんを亡くしたとき、そうだったもの。」
そういえば、部屋に飾ってあった遺影は、優しげな顔をした、男性のものだった。
「彼が、彼が居た証が、消えていくの。声が、匂いが暖かさが。違うものと、同じになっていくのが、怖いの。」
彼女の言葉が俺の心に入ったとき、俺はいろんな人を思い出した。
鬼、というものを知ってから、
人の死が、近くなっていた。
沢山の人を失って。
その一人一人に人生があって、
その一人一人が、
誰かを愛して、
誰かに愛されていた、はずなんだ。
この悲しみは、痛みは、
この繋がりには、
決して慣れてはいけない。
「悲しいのなら、枯れるまで泣けばいいの。そして、それを悼んで、想って、その大切な人を、いつまでも覚えていればいい。」
父さん、母さん、
竹雄、花子、茂、六太
錆兎、真菰
最終戦別で出会った人や、鬼、
ほかにもたくさん、人の死に向き合って、
多くの悲しみを嗅いで、
そのすべてに、人生があって。
それを弔うためにも、忘れてはならない。
「記憶の中でなら、きっとその人は、ずっと生きられるから。」
言葉に、涙を拭う手が止まった。
優しくそう告げる“母さん”に、少しだけ、
泣きそうになった。