第5章 眼福眼禍[炭治郎]
こういう時、泣きそうな時、悲しい時、そばにいてくれたのは彼だった。
「つむぎ、まあた下向いてんのか?」
「…母さんに…ひっく、怒られたぁ。」
「またかぁ。」
そうやっていつも、私の顔を覗き込んで、
頭を撫でて、
「そんな顔してるなよ。」
って、にぃっと笑う。
目が細くなって、くしゃりと皺ができる、
優しい笑顔。
その笑顔を見て、私はいつも、
嬉しくて泣いてしまう。
彼は、泣くなよ、とは言わないで、
泣いちゃったな、って苦笑いする。
その顔が、私は好きで、
思わず笑ってしまう。
「そうそう、その顔。」
その声が、大好きで。
もう二度と会えないなんて、信じられていなかったと思う。もう、知っているはずなのに、気がついてるはずなのに。
いつかひょっこり帰ってくるって、信じて。
でもあの鬼は、彼の目をしていて。
灰の様に消えてしまった彼を、私は見ていて。
鬼なんてものなら、どうにか生き返るんじゃないかって、望む心もあって。
でも、
人が生き返るなんて有り得ないことも、私は。
だから、
『俺がつむぎさんの悲しみを、涙を、拭います。俺が、必ず。』
その言葉に、私の、穴だらけになって揺れていた心は、じわじわと綻んでいく。
私の望みが。私の希望が。
私の虚勢が。
私の、自身についていた嘘が。
ボロボロと零れていく。
涙を拭ってくれるのが、もう彼ではないと、気づいてしまった。
「あ、あぁ、あああぁ…」
もう、涙を拭ってはくれないし、
あの笑顔で笑いかけてくれることも無い。
「う、ぁ、ぁあ、ああ」
あの声はもう聞こえないし、
傍にも、いてくれはしない。
「あぁあ、あ、ぁああ」
頬を撫でる手は、彼によく似ている。
でも、全く違う。
「ち…ちがう、泣きたくなかった。だって、泣いたら、あの人が、」
「つむぎさん…。」
「きっと、きっと…って、」
____そんな顔してるなよ。
彼の声が、聞こえて。
でも、違う。
「…ちがった、よ。」
母さんが、どんな顔をしているのか、見ることができなかったのが、情けなかった。