第5章 眼福眼禍[炭治郎]
「では、俺はもう行きます。」
「あ…あの、いろいろ、本当にありがとうございました。」
朝焼けよりも少し前。
空も空気も青く染った中に、俺は立った。
ずっとこんな青の中に居る。
ずっとこんな、悲しみの中に居る。
「本当に、面倒をお掛けして…」
「いや、いいんです。お役に立てたなら。それに…」
青い空気を大きく吸って、口を開く。
朝の冷たい空気が、心地良い。
「俺、嘘をついては無いです。」
涙を拭うと言ったのも、全て本心からだった。
その言葉のせいで、彼女が泣いてしまったのかもしれないが。
「悲しい時は、呼んでください。」
彼女は一瞬悲しい顔をしてから、優しく微笑んだ。
久しぶりに見た彼女の笑顔は、すごく柔らかくて、でも、悲しい匂いがする。
「そのお言葉が、一番嬉しいです。ありがとう。」
嘘の匂いはしなかった。
さっきのような身を切るような悲しい匂いもしなかった。
この先も、彼女の人生は続く。
この先も、彼女は生きていく。
抱えきれないほどの悲しみを、その身に背負いながら。
その悲しみも、きっと大切だ。
別れてしまった人との絆、だなんて思うから。
それでも、
「やっぱり、俺はつむぎさんのその顔が好きです。皆の笑顔が、一番好きです。」
『そうそう、その顔。』
そういうと、彼女はまたひとつ雫を零した。
朝焼けが始まって、太陽がその雫を照らす。
きらと輝くそれに、俺はゆっくり手をのばした。
「ほら、嘘じゃない。」