第5章 眼福眼禍[炭治郎]
「ごめんなさい、彼、緊張しいなの。」
つむぎがそういうと、布団の中の女性は小さく頷いた。
やっぱり彼女によく似ている。
炭次郎はふとそんなことを考えた。
笑顔は、きっともっと似ている。
「はきはきとして、素敵な方。」
「ええ、そうなのよ。昔から面倒みが良くて、真面目で、優しくて、少しだけドジで、それで……」
炭治郎と似ているようで、全く違う。
そこまで言って、つむぎはぴたりと固まった。
大きく広げられている瞳が、顎が、肩が、震えている。
彼のことを想っているのだと、炭次郎は察知した。
「つむぎさ…つむぎ、もう、」
身を切るような、体を引きちぎるような、悲しみの匂いがする。
悲しみの匂い、それから、つむぎの手の平から匂うのは、先ほどより濃くなった血の匂い。
手を強く握り、強く握りすぎて手の平に爪が食い込んで血がにじんでいるんだと、炭次郎は気が付く。
きっと苦しいのだ。辛いのだ。
きっと。
「優しくて暖かくて、まじめで、素直な方よ。」
震える声は、続いた。
途切れそうだけれど、続いている。
「愛して、る。」
その言葉に、嘘は無く。
「そう。」
床の女性は静かにほほ笑む。
つむぎは、嘘を重ね続けた。
「祝言のために、綺麗に髪を飾っているの。」
「一人で、結ったのよ。」
「白無垢を、母さんにも見てほしかった。馬子にも衣装、なんて言われるかしら。」
「私は、幸せよ。」
髪飾り一つない、緩くおろした髪を揺らし、喪服のような黒の着物を着て、悲しみの香を漂わせて。
嘘に嘘を、重ねていく。
未だ膨れ続ける悲しみの香に、炭治郎はもう、耐えられなかった。
炭治郎は、彼女の強く強く握られたこぶしに、そっと手を重ねた。
苦しい、悲しい匂いを、もう嗅ぎたくなかったから。