第5章 眼福眼禍[炭治郎]
「少しお話を聞きたいのですが、良いですか?」
一寸前のこと。
このあたりで鬼が出たと聞いて、炭治郎はこの町を調査していた。
初めに入ったのがこの、糸滝家だった。
「…夜になって外出したものが、ふつりと、消えてしまうようらしくて…。昨日も、お隣の…」
「…」
つむぎは萌葱色の着物に前掛け、たすき掛けをして、玄関で炭治郎を迎えた。いかにも田舎娘、といった趣で。
飾り気のない髪を揺らし、顎に手をつけ暫し考えたあと、不安げな顔でつむぎは答えた。
「ちょうど、五日ほど、前からです。」
「そうですか。」
「…それで、あなたは?」
訝しげに見つめるつむぎに、炭治郎ははっと慌てる。
「申し遅れました!鬼殺隊の竈門炭治郎と申します。」
「きさつ、とは?」
「鬼を駆逐する部隊です。」
「お、に?」
今まで平和で長閑な世界に暮らしていたつむぎにとって、鬼とは聞いたことのない、聞くはずのない言葉であった。
「えっと…端的に言えば、平和を守る団体です!」
「平和を…。鬼殺隊は、守ってくれるんですね、助けてくれるんですね。」
朗らかに笑うつむぎからは、強く優しい、それから先刻まで切っていたであろう大根の匂いがする。
それから濃い、不安の匂いが。
「頑張って、鬼殺隊の竈門さま。」
「はいっ!ありがとうございます!」
つむぎはゆっくりと頭を下げ、それからハッと顔をあげた。
「あとひとつ、聞きたくて…」
「はい?」
「若い、私くらいの歳の男の人、見ませんでしたか?」
不安げな香を、炭治郎は嗅いだ。
「”5日前”に仕事に出たっきり、戻ってこなく、て…。」
「えっ、」
「今日、祝言…なのに。」
つむぎは下を向きながら前掛けをぎゅうと握りしめ、ふるりと揺れた。
そのあと炭次郎を覗くひとみは、涙で揺れる。
「あの人が、いつ帰っても良いようにと…探しにはいかずに待ってて、それで…それで、あの人は、あの人は…」
炭次郎は様々な可能性を浮かべて、ただ下を向いた。きっと、彼女も考えている可能性。
「…きっと、仕事が長引いているだけ、ですよね…。」
炭次郎の頭には、もう一つの可能性があって。
目を、合わせられなかった。