第5章 眼福眼禍[炭治郎]
聞き慣れぬ、物悲しい音が響いた。
“まだ”、聞き慣れてはおらぬ音。
水音と、組織が切れる音。
それから、血の匂い。
聞き慣れてはいけない音と、嗅ぎなれてはいけない匂い。
「はぁっはぁっ」
竈門炭治郎は、鬼の首を斬った。
人を殺め、人を喰らった鬼を斬るのが、竈門炭治郎の、鬼殺隊の仕事である。
輝く月に、消えゆく鬼の首が光る。
「アノ、コ、ニ、あヤまら、なけ、れば。最後に、会わなければ。」
「えっ、」
「…僕を、返してくれて、ありがとう。」
「そんな、」
「あの子は、どうして、いるんだろうか…」
「あの子?」
「最後に、会いた、い…」
最後の言葉はそれで、鬼は瞳の帳を下ろす。
月光に、帳の隙間から零れた露が光る。
悲しい、虚しい匂いを嗅いだ炭治郎は、悲しげに消えゆく鬼を見下げた。
「__さんっ!!」
炭治郎の背後から、ひとり“人間”の女が駆け出す。
炭治郎は、飛び出す女を止められなかった。
その必死な表情と匂いに、その願いを蹴ることも出来なくて。
「__さんっ…。」
女は、鬼の残骸に駆け寄る。
それを炭治郎は、止めなかった。
止める理由が、なかったから。
「__さん…。…__さ…、こんな、こんなことに、なってたなんて。」
鬼の骸の隣に、女は膝から崩れ落ち、露をこぼした。
独り言か、炭治郎へか、その鬼へか。
女は零す。
「知っていなくて、ごめんなさい。でも、__さんと…貴方と祝言をあげれると知って、たった半時でも、私は嬉しかった…。」
その口説きは、その鬼を愛していたという、意地を見せるようなもの。
「私は…ずっと…。」
人間の時の彼を、変わってしまった彼をも、愛していたという意地を。
愛おしげに、悲しげに、消えゆく骸を眺める女に、炭治郎は胸を痛めた。
「ありがとう。鬼殺隊の、竈門さま。」
「…はい。」
振り返る女は、か細く揺れる、声を出す。
「…最後にひとつ、頼み事…。よろしいですか?」
「…それとは、」
「共に、嘘をついて欲しいのです。」
炭治郎は、物悲しく、虚しく、優しい香を嗅いだ。