第1章 Reflexion,Allegretto,You [緑谷]
「緑谷くんはさ、」
「うん」
緑谷くんが顔をあげると、そのくせっ毛がふわりと揺れた。
左右の瞳はやっぱり真っ直ぐで、私は思わず自身の上履きに視線を戻す。脚を伸ばしてつま先同士をぶつければ、コツンとにぶく音がした。
「…もうすぐ高校生になるって、信じられる?」
コツ、コツン。
つま先を、ぶつける音だけ。
音が無い。無くなってしまった。
無音は私の頬を熱くしていく。
なにか、言ってしまったのか。踏み込みすぎたのか。
不安に負けて目を少しだけあげると、彼は口を開いた。
「……信じないと、いけない。」
そう、ひとこと。
それから、
「信じたくないけど……信じないと、ダメなんだ。」
「そっ…か。」
コツン、
緑谷くんが、雄英に行こうとしていることを思い出した。
「糸滝さんは?」
「私は……」
コツ…
「ずっと…このままでいい。…高校生になるのは…怖い。」
「っ…。」
つま先のぶつかる小さな音は、やんだ。
真面目な彼は、呆れたかもしれない。
不真面目な私を、バカにしたかも。
でも、
高校生になるのは怖い。
大人になんて、一生ならなければいいのに。
私は本当に、そう思っている。
「でも、立ち止まってても、勝手に行っちゃうんだよね。……ほんとうに……困っちゃうよ。」
「…うん。」
緑谷くんは、返事をした。
静かで、感情を押し殺したような声。
馬鹿だって、思われただろうか。
関わりたくないって、思われただろうか。
怖い。
嫌だな。嫌わないで、ほしいな。
でも嘘は、嫌なの。
落とした髪の隙間から、そっと覗き込む。
深緑色の、綺麗な瞳。
キラと光ったその先に、何かが見えた気がして。
私は思わず目を伏せた。
目を閉じて、手を強く、握った。
その光には、
「僕には、夢がある。なりたいものがあるから、だから…」
「ヒーロー、でしょ?」
「……うん。」
「うん、知ってる。」
私なんて、映っていないことも。
知っている。