第4章 こんにちは またあした [瀬呂]
瀬呂くんとつむぎが話すようになったのは、なんともないただの平日の、朝だった。
「んぅぅ」
その日つむぎはお腹を壊していた。
牛乳を2杯も飲んじゃったのがいけないんだろうか、それともその牛乳がもうダメだったとか。ううん。お腹には自信がある。お腹出して寝ちゃった系?それともアレか、アレ。
つむぎのお腹はギュルギュル鳴って、つむぎの身体はすぐにくの字に曲がろうとする。
しかし、羞恥心を持っていたつむぎは、必死に平静を装った。
いつもの様に電車に乗って、でも席は空いていなかったため、ドアのすぐ近くに背をもたれかからせた。
お腹ん中ぐるぐるにかき混ぜられてるみたい。
うえん。牛乳許さじ。
そんなことを思っていた時だった。
顔を真っ青にしてドアにもたれかかっていたつむぎに、彼は声をかけれくれたのだ。
「なぁ、腹痛いの?」
「ふ、ぐぅ、」
つむぎは痛みのあまり返事とは呼べないような呻きを漏らした。それすらも、彼は優しく拾ってくれて。
「ふぐ、って…うわぁ、こっちまで腹痛くなりそう。大丈夫…じゃないよな」
「あ、いやっ…ぐぅ…」
「これ、使う?」
その時瀬呂くんがぽんとくれたのは、あったかいお茶だった。自販機のあったかぁいの、ちっちゃいペットボトルのやつ。
「へぇ…」
「あっためるといいって。」
ポカンと彼の顔を見上げた。
あ、しょうゆっぽい。
なんて。
その時初めて、彼の顔を見た気がする。駅で、よく見かけるとは思っていたけれど、初めて。
「あ、りがとうござ、いま…す」
「どーもー。ほら、無理すんなー。」
声を、かけてくれた。
お茶、くれた。
胸の中がぐわぁって、あったかくなって。
つむぎの心の中に、今まで無かった色が、広がってった。
なんだこれ、キンキンに冷えた甘いバナナジュースをクーラーの効いた部屋で飲んだ時より素敵な気持ち、この世にあったなんて。
「ひぇっ、」
「え、急にどういう痛み?」
この日から、この時からだった。こんな些細なことだった。
つむぎの中にその気持ちが生まれたのは。
その気持ちはまだ、つむぎの心に広がり続けている。バケツの水をこぼした時みたいに。