第3章 或る街の群青 [死柄木]
「みて、ました?」
「ああ。」
ばつが悪そうなそいつは、まだ雨の下。
雨粒を透過させている。
「母さん、だった、みたいです。」
「見てた。」
幽霊の顔は、しかめっ面とも泣きっ面とも言えなくて。
「…ずるい。」
そうこぼすと、そいつの色は途端に薄くなった。
薄い色のそいつは、小さく震えていた。
「”死んで初めて”、会いたくなった。」
一滴、雨粒に紛れた涙が落ちていった。
涙がそいつの存在を希釈していく。
「抓ってもたたいても痛くないのに、痛い。」
ぽたぽたとあふれる涙は、どんどん色を薄くする。
思わず伸びる左手は、いつものように、空を切る。そうだこいつは、死んでるから。
そして気がつく。
ああ、そうかようやく、そう思えたのか。
生きていたかったと、思えたのか。
って。
涙を流し続けるそいつに、意味もないのに手を差し伸べる。
「雨、強くなってきた。」
「へぇ?」
「屋根の下、はいれよ。」
「へ」
「”濡れる”ぞ。」
俺はそんな、嘘をついた。
幽霊だから、濡れるはずない。
「濡れ、ないよ。」
泣きっ面が徐々に柔らかく、消えていく。
生きてるみたいな、笑顔だった。
「分かりましたよ。」
「…。」
屋根の下にもぐったそいつは、ニンマリ笑いながら言った。
「お花のことも、成仏する方法も。」
「そうかい。」
ちらりと横を眺めて、それから考えた。
雨が止むことを、伝えようか。
「明日、」
「あした?」
少し言い淀んでから、言葉は出る。
「明日は、晴れるぞ。」
「へぇ。なーんだ。タイミングがいい。」
「はぁ?」
「きっと、明日晴れるなら、私の雨も止むから。」
幽霊の後ろが透けて見えた。
光を透過するその身体は、その日一日は、静かに揺れるだけだった。