第3章 或る街の群青 [死柄木]
あの、紫色の小さな花の。
花束を持った女は、手を合わせてすすり泣いている。
「生きてて欲しかった。」
雨の中切れ切れに聞こえる声は、
「死んだ後に、こんな風にしたってね…。ごめん、ね。」
そう言っている。願うように、祈るように、言葉を向けている。
心臓が大きく動いて、その後少し腹の底が熱くなった。
そっちにあいつはいねぇよ。
お前の後ろだよ。
幽霊はいつもみたいに地面を走ることはせず、滑るようにその女の後ろに立った。
「…どうして。」
その声は雨音にすべての見込まれて、聞こえることはなかった。
後ろから手を伸ばし、女に縋り付こうとも、彼女の体はすり抜ける。右腕も、左腕も、胴体も。
なすすべのない幽霊は、帰っていく女の後姿をただ見つめる。
手を覗いて、それから顔を覆う。
それから、ようやく俺に気が付いて。
「あ…きたんだ。」
そういって、ほっとしたように寂し気な笑顔を俺に向けた。
ガードレールの下の花は、真新しく、雨粒をはじいていた。