第3章 或る街の群青 [死柄木]
気にならないといえば嘘になる。
しかし、それより先に。
「お前、誰が置いてたのか、知ってるんじゃないのか?」
「だって、晴れた日においてくから。」
見たことがない、と聞こえるか聞こえないかの声が雨の隙間から届く。
「気になるじゃないですか!……少し。」
「まぁな。」
雨が当分やまないことを、知っている。
この音も当分止まらないし、太陽だって、当分見えない。
「当分雨、やまないんだぞ。」
「う…。うれしいような、残念なような。」
雨の中で、そいつは頭をひねった。
馬鹿だな、と思う。
やっぱり俺とは、正反対な人間だ。
俺は死んでないし。
「心当たりは、ないのか。」
「うーん、さぁ。」
屋根の下に戻ってきたそいつは、まったく濡れていなかった。髪から水が滴っているわけでもなく、服が濡れているわけでもない。
幽霊なんだな。
「あと、あれもわかんなくて。」
「あれ?」
「私が、どうやったら成仏できるのか、とか。」
「お前そういうのあるやつなのか。」
そちらに顔を向けると、そいつはまた首をかしげていた。
「この世に未練、かぁ……」
「わかんないのか。」
「……。」
声がしなくなったから、思わずそちらに向いた。
いつもより少し、薄く見えた。色や、存在が。
そいつの弱いところ、暗いところを見てしまった気がして、思わず目をそらした。なぜだか心が、凍りそうになる。
こういう時、どうしたらいい。
余計な事は、考えないほうがいいと思っていた俺は、今そんなこと考えている。
「もしかしたら、成仏とかないタイプのやつかも。」
「わからないのか。」
「あは。」
幽霊はけたけた笑う。
雨の中、けたけた笑う。
「お前は、」
その先の言葉は、雨の向こうに消えていった。水たまりの奥深くに沈んでいった。
「なんですか?」
「雨が、好きなんだな。」
「はい。すごく。」
代わりに飛びでたその言葉には何の意味があるのか、俺にはよくわからなかった。