第3章 或る街の群青 [死柄木]
「お前、ここで死んだって、事故か。」
「事故じゃないです。なんか、通り魔だったみたいで。」
「へぇ、殺されたのか。」
確かに、最近通り魔殺人事件とか、そんなニュースがあったような。
2,3回テレビで見ただけで、すっかり忘れていた。忘れてしまうようなモノだった。
「晴れ男さんは、気を使ったりしないんですね。」
「そういうがらじゃないからな。」
「悲しくなっちゃうよりずっといいです。」
「そ。」
目の前で笑っているそいつは、殺された人間だ。
通り魔に。
通り魔ってことは、”敵”(ヴィラン)ってことだ。
敵ってことは、俺だ。
「ヒーローは、来なかったのか?」
他人事と、思えなくなった。
「来なかった。」
一番大切な時に限って、ヒーローは来ない。
それは俺が一番、よく知っているから。
「そうだよな。ヒーローってそういうもんさ。」
「まぁいいや、なんて。死んだあとそんな風に思ってる私には、ヒーローはもったいない。もっと生きたいって、思ってる人を助けなきゃ。」
此奴は、生きていたかった、って、死んだ人間が当たり前に思うようなことを、思わないのか。
生きたいと、生きているうちに思わなかったのか。
「お前は恨まないのか?」
「憎まないし、怒ってもないです。」
俺とは違って、そいつはすくすく笑ってやがる。
「私は、期待してなかったから。」
「期待、ね」
「私は、私に。」
最後の声は、雨音に埋もれて。
かすかに、けど確かに、その声は聞こえた。
悲しげで、寂しげなその声が。
俺は、少しでも期待していられたのだろうか。
ヒーローにも、俺自身にも。
雨は降りやまない。
雨のせいであらゆるものの色がくっきりと見える。
地面は黒々として、松の枝は鮮やかな緑色で、雨合羽に身を包んだ人間も見えて。
隣にいる、雨の日にだけ地表をさまようことを許された特殊な魂は、それらには見えていないんだろうなと思った。