第3章 或る街の群青 [死柄木]
雨音が耳鳴りのように頭に響き、ズボンのすそが少しずつ湿気で重たくなっていく。
やっぱり雨の日なんかに外出するんじゃなかったと後悔しながらひとつため息をついた。
「やっぱりまだ、雨は嫌いですか?」
「ああ、嫌いだね。」
昨日も聞いたその言葉にも、俺は変わらない答えを出した。
雨は、嫌いだ。
隣の幽霊は小さく笑って、じゃあ雨が止むまでに好きになってもらおうと鼻を鳴らした。
「あれ、見てください。」
幽霊が指をさした先を見ると、花束が置いてあった。
紫色の、小さな花の花束だ。
「あそこで私、死んだんです。」
「へぇ。」
「気づいたら死んでた。」
道路の端の、ガードレールの下。
ありきたりで、よく見るような、そんなところ。
「死ぬなんて思っていなかったんです。まだずっと、生きられるものだと思ってた。」
「死ぬ人は大体そうなんだよ。」
「みんな死ぬまでそんなこと忘れてるんですよ。」
その会話をしたところで、久しぶりにこいつが死んでいることを思い出した。
「そっかお前死んでるのか。死んだやつの言うことは違うな。」
「誰よりも説得力あります、たぶん。」
にかにか笑うそいつはまた足をぶらぶらさせる。
「死んで、そこに私の個性が発現したってわけで、今に至ります。」
「へぇ、幽霊になる個性ねぇ」
「それも、雨の日だけです。」
「珍しいもんだな。」
俺は花束を見つめたまま、話をした。
ただ考えていた。
その花を置きに来たのは誰なんだろうかと。
生前のそいつはどんなのだったんだろうと。
人のことを考えるなんて、久しぶりだった。