第1章 Reflexion,Allegretto,You [緑谷]
“人間の運命は、自分の魂の中にある。”
そんな言葉を、私は知っている。
私はそれを、知っている。
ほとんど自動的に、本能的に。
だからこれも、わかっていたはずなのに。
もともとあった、運命のはずなのに。
何の気なしにガラリと開けたその扉の先。
いつも見ていたあの暗緑色が揺れていた。
喉元からぎゅっと熱が広がって、
それは甘やかな刺激となって全身を駆け巡っていく。
ほんの偶然、忘れ物を取りに来ただけ。
それだけだったのに。
「…緑谷…くん。」
唇が微かに震えて、その音は空気を震わせた。
その振動はそのまま、彼の髪をも揺らした。
「へっ!…あっ、糸滝さん。どうしたの?」
「私は、忘れ物を取りに来ただけだよ。緑谷くんこそ、なんで?」
「僕は日誌。今日日直だったからさ。」
なんともないそんな会話が、私の心臓を高鳴らせる。
自身の席へ歩く数歩さえ、私は浮き足立って
それと同時に、この時間が永遠に続けばいいとまで思った。
「…手伝おうか。」
この時間が、少しでいい。
長くあってほしい。
そんな強欲は、私の口を動かした。
掠れながら、まがりながら、声は進んだ。
彼の真っ直ぐで大きな瞳が銀色に光って私を捉える。
そんな些細なことに緊張して、私は手をぎゅうっと強く握った。
「もっ申し訳ないよ!僕の仕事だし!」
「でも……ふたりでやった方が、きっと早く終わるよ。」
いやだいやだと、私の心は頑なだ。
震えていることを隠しながら、私は彼の前の席へと座る。
ずっとこうやって、彼と話がしたかった。
彼と親しくなりたかった。
あまり人と話さない彼と話す、特別な存在になりたかった。
この偶然を、手放したくなかった。