第1章 Reflexion,Allegretto,You [緑谷]
さわ、さわり
ふわ、ふわり
彼の髪に触れたら、そんな感じなのかな。
前の席の、緑がかった髪を見て、私はそんなことを考える。
夏を追い出すように秋蝉が鳴いている。
先生の訳の分からない文字を説明する声すら追い出して。
中学校最後の夏が終わろうとしている。
夏休みが終わった時点で夏が終わりならば、もう終わっている。
そんな真剣で切実な時期のはずなのに、私の頭はぼうっとしたままで、ただ前の席の彼の頭を見つめていた。
私の進路希望は、普通科だ。
春
私は友達に流され、ヒーロー科に行くと手を挙げた。
それから担任に、お前はいつも自分が無いな、お前には難しいんじゃないのか、なんて詰られて、
簡単に進路を変えた。
シャープペンシルの先は、未だ真っ白で広大だ。
思わずため息が出そうになって、飲み込む。
目の前には必死にノートをとる彼の後ろ姿があって
私はため息ではない、安堵の息を一つ吐いた。
彼を見ていると、色々な感情が浮かんでくる。
絶望、失望
それから茫漠とした、羨望
これは、この気持ちは、きっと恋心とはまた別のようながする。
分からないけれど、そんなキラキラとしたものじゃなくて、もっと重たく色濃いもののような。
それに、恋心と言ってしまえば、
私はなんて、報われない__
「糸滝さん?」
「…ぁ…。ごめん、緑谷くん…。」
「プリント、まわしてって…先生が」
「ごめんね、ありがとう…。」
白日夢を見ていた私を、彼の声は現実へ呼び戻す。
プリントの擦れる音と、インクの匂い
そんなのを嗅いで、私はプリントを後ろへ回した。
それからまた、私は彼の髪を見る。
サラサラ…ではない…。
ふわふわで、くるくるしている。
きっとそれには、触れることは無いんだろうと、想う。