第3章 或る街の群青 [死柄木]
「あーめあーめふーれふーれ、かあさんがー」
幽霊はベンチで足をブラブラさせて、お気楽に歌を歌っている。幽霊がベンチに座るって、どういう事だ、座れるのか?なんて絶えない疑問は放っておく。
ひと通り歌い終わって、幽霊は上機嫌でにぃっと笑って、
「明日も明後日も!私、ここに居られるって、ことですよね!」
と言った。
死んでるのに、どうしてそんなに楽しそうなんだろうか。
疑問はあふれて止まらないが、まあ、放っておこう。面倒くさい。
「そういえば、あなたのこと何も知らないです。お名前はなんていうんですか?」
「今更か。」
突然くるりとこちらを向いたと思ったら、こんな突拍子もないことを言い出す。
目を輝かせたまま。
「言いたくないね。」
そう突き放しても、あまり効果はなく。
「じゃあ、私が好きに呼んでいいんですね!」
なんて楽しげに言う。
「んーと…黒い服を着てて、赤い靴はいてて……」
「おいおい、そんなに適当に決めんのか。」
「雨が降っているから、雨男さんっていうのは?」
「馬鹿か、お前が存在できんのは雨だけなんだろ。」
「じゃあ晴れ男さん。」
「はぁ?」
俺は少しだけ抗議した。だって、世界で一番、似合わない名前を付けられたと思ったから。
普段ジメジメとした、埃っぽい闇の中に生きているのに、「晴れ」、だなんて。
「似合わない。」
「へえ、似合わないんだ。」
そいつは他人事みたいに言った。
俺のやってることを知らないんだから、まあそうか。
「お前は?」
初めて質問をした。
ただ、俺ばかり聞かれるのが癪だったから。
名前を呼ぶつもりなんて、ない。
「私の、は。私の名前は……つむぎです。」
そいつは一瞬考えてから、自分の名前を言った。
名前を忘れるほど馬鹿なのか、偽名なのか。どちらかなんだろうなと思った。
我ながら、なかなかひねくれた考え方だ。
「へぇ、まあ、呼ぶ気はないけど。」
「あ…えへへ。」
その時のそいつの笑顔は、どこか薄かった。