第3章 或る街の群青 [死柄木]
今日は、傘を忘れなかった。
そう心の中で小さく呟いた。
今日彼女のもとへ向かうのは、決して呪い、なんてものに怯えたからではない。
ただ、彼女に伝えるために。
この雨は、梅雨、なんて趣深いものじゃない。
古くから語られたものでも無い。
名前なんて無い。
ただの“個性”の事故。
ただの、雨だと。
伝えたら彼女が、落胆するだろうと思って。
「あ、来てくれたんですね。絶対来ないと思ってた。」
第一声は、それだった。
それからそいつは、雨の中でカラカラと笑った。
「嬉しい。」
屈託のない、この天気に似合わない朗らかな笑顔。普通なら、それは青空の元見るものなんだろうなと思った。普通ってなんだか、知らないけど。
「お前に言うために来たんだよ。この雨は、梅雨なんかじゃないって。」
「へぇ、」
「名前なんて無い、ただの事故だよ。本来降るはず無かった雨なんだよ。」
「ほぉ。…それ言うために、来てくれたんですか?」
「は、ぁ?」
そいつは変わらない表情で告げて、にっと笑う。
落胆する顔を期待して言ったのが、酷く子供っぽく感じて、急に恥ずかしくなった。
「…ありがとうございます。教えてくれて。」
「なんだよそれ。」
「本来降るはず無かった…雨、かぁ。」
幽霊の笑顔は、一瞬寂しげに揺れて。
「私と同じ。」
と小さく零した。