第3章 或る街の群青 [死柄木]
車の吐き出す鈍い息と湿気がまざって気持ちが悪い。
灰色になった空と空気は重たくて、隣にいる不可思議な存在を俺に押し付けている。
黒い髪を肩まで伸ばした、いやに顔の白い女。雨粒が落ちる先に目を落としたまま立っている。
「すみません、拭くものとか無くて。」
時折、そんなふうに声を出したりして。
髪から滴る雫が肩へ落ち、服が湿気る。
この女に連れてこられた小さなバス停は、雨漏りが酷かった。
「梅雨入り、なんですかね。」
「はぁ?」
「この雨です。…もう梅雨、ですかね。」
どんな名前がついていようが、俺は雨が、嫌いだ。
「梅の雨って、なんだか素敵じゃないですか?それに名前があったら、」
「名前なんかあっても、雨なんか鬱陶しいだけだ。」
「…そで、すか…あぁ。」
俺が言葉をぶった斬ると、女は向けていたであろう目を伏せて瞼を揺らした。
「…すみません。くだらない話して。その、嬉しくて。」
改めてその横顔を見て、思わず声をもらす。
「…あ?」
その身体が、一瞬透けて見えたのだ。
そしてその後、女は告げる。
「私の声が、届くのが。」
半透明な女は、そう空気を揺らした。