第3章 或る街の群青 [死柄木]
遠くの空からゴロゴロと音が響く。
死柄木弔は、気圧の変化で脳がつきんといたんだのを感じた。
雨が、降りはじめた。
これから本降りになるだろうと悟り、死柄木は眉を顰めたあと、少しだけ速足になった。
顔に小石がぶつかってくるような衝撃に目を細めながら進む。
黒霧は雨は降らないと言っていたではないか。
死柄木は裏切られたような怒りを胸の底に覚えながら、アジトへの道を駆ける。
雨は、好きではない。
完璧に予期することが出来ないし、雨に濡れ身体にへばりつく服はどう考えても心地良いものではない。
嫌いだ。嫌い。
そんな恨み節を唱えつつ走ること数メートル。
視界の端にこびりつく、小さな姿。
死柄木はそれを振り返っていた。
とくに意味は無かった。
ただの、なんの意味もない好奇心。
ただそれだけ。
その少女は、雨が降っているというのに傘もささずに空に手を伸ばしている。
まるで空に救いを求めるように。
腕をたたみ、彼女はゆっくり目を伏せ、それからその目線を横にやった。
パチリ
一瞬だけ、目が合う。
黒目がちで、まるで氷のように透き通ったような瞳が、死柄木を捉えた。まるですべてを見透かしているようで、死柄木は目を背けることが出来ずにいた。
一度瞼を大きく開いたあと、それから何か言いたげにその口が開く。
「……こんな雨の中に立ってたら、風邪をひいちゃいますよ。」
その音は、雨音の中をすり抜けて鼓膜へと届く。
お前もだろ、何言ってんだこいつ。
浮かんだ言葉を、死柄木は口にはしなかった。
関わりたくない。
それが率直な、初めて彼女に持った感情。
彼女は死柄木の反応を見ると口元をきゅっとしばって一歩後ずさった。
それでも足を踏み出し、たっと駆けよって彼を見る。
彼女は手を伸ばそうとして、まるで何かを恐れるように引っ込めた。
「…雨が、お好きなんですか?」
その声は、雨粒よりも透明で、雨粒よりも揺れていた。