第10章 それでは、また明日[空却]
「心が、せかい…」
分からなかった。
でも、優しく聞こえた。厳しくて優くて、強い、空却の言葉だった。
「自分を否定するな。己ばかりを責めるな。…仕方がない時だって…ある。」
「しかたが…」
目からぼろぼろと零れるものは、つむぎがどうこうできるものではなかった。
勝手にあふれて仕方ないもので。
「泣いちゃうのも、しかたない?」
「…かもな。」
その言葉にひどく安心したつむぎは、涙を止めようとしていたささやかな抵抗すら、やめた。
心を押しとどめるものがなくなると、涙は滝のように溢れて止まらない。
「…ヒトが理解出来ることは…多分少ねぇ。だから、数少ない理解出来ることを集めて、選ぶ。だから、てめぇで選ぶことが重要なんだ。」
「私…分かることからも、にげて、」
「逃げるという選択をしたんだろ。」
空却はつむぎの涙を荒く拭いながら言葉を続けた。
普段雑巾がけをしたり、マイクを持ったり、人をぶん殴ったりする荒々しい手で。
「にげちゃったのは…いい選択、なのかな。」
「しらん。だが……逃げるという選択をしたおかげで、拙僧は生きたお前にもう一度会うことが叶った。」
つむぎはぎゅっと目を瞑って、瞳から涙を絞り出して、ちゃんと空却の顔を見ようとした。
「拙僧は、良かったと思った。」
空却はいつだって不敵だけど、今は少しばかり、必死そうな顔に見えた。
「逃げきれたかな。」
「さぁ。根性で逃げ切れよ。」
むちゃくちゃな空却に、私は少し笑った。
「……自分の存在に意味があったって、最後に思えたら……いいよね。そう思えたら最高だよね。」
「いいな、それ。拙僧も最後まで付き合うぜ。」
「…ふへっ……プロポーズみたい。」
「違うわ。」
空却は静かにつむぎの肩を抱き寄せた。
照れ隠しに涙を空却の肩で拭うと、空却は濡れちまうじゃねぇか!と怒った。
つむぎは、この友人ともう一度会えてよかったと思った。
逃げてよかったと、思った。
間違いじゃなかったと、思えた。
この友人と出会えたことができた人生を、愛おしいと思った。
「香、かえないの?」
「変える予定はねぇ。」
「そっか。」
変わらぬ匂いに安心したつむぎは、そのまま眠った。
久しぶりに、夢を見なかった。