第10章 それでは、また明日[空却]
「おい、ひとんちの濡縁で何してんだよ。」
「んー……昼寝。」
「おら起きろ。」
体育座りでうずくまるつむぎの頭を、空劫は檀家さんからもらった菓子の箱で殴りつけた。
「…いたい。」
「空箱だ。そこまでいたかねーだろ。」
「…中身は?」
「食った。」
「……ずるい。」
「拙僧んだもんで。」
「ちぇ。」
空却が隣に座った気配がして、つむぎはチラッと隣を見た。どっしり胡坐をかいている空劫が、ちゃんと居たのを見て、つむぎは安心する。
「十四くんと仲良くなったよ。」
「そうかい。」
「ヒトヤさん、ってヒト、空劫知り合いなの?」
「まぁな。」
「あのさ、」
「んだよ。」
「……。」
重い腰をゆったりあげて、狭くなった喉を押し開いて、空気を吸う。
「…なんでもないや。」
言おうとした言葉は、現れることはなかった。
心の中の、まだまともでいようって何かが、つむぎの声を押しとどめていたのだ。
「今日はもう、帰るね。」
「…そうか。」
ぴょんと庭に立って、つむぎは空劫に小さく手を振った。
空劫のただまっすぐで金色の瞳は今も変わっていなかった。
心がどこまでも貫かれて、見通されるような、綺麗な目。
「また明日な。」
見通されたと、思った。
やっぱりかなわないと、思った。
「……。」
つむぎは何も返せず、またただバカみたいに手を振った。
脚も体も重たかった。
ひとりで帰る道も、寂しくて。
家にも、誰もいなかった。
つむぎはまっすぐ自分の部屋に向かって布団にもぐった。
空劫は、きっと気づいている。
私の中の、気味悪い、どす黒い何かに。
誰にも伝えていない何かに。
自分でもまだ分かっていない、抑えきれない何かに、彼だけは気づいている。
それに怯えるような、期待するような。
つむぎは何も分からないまま、自分を眠りへと押し込んだ。
その夜もまた、酷い夢を見た。
神様に、お前は救えないと、見放される夢だった。