第10章 それでは、また明日[空却]
少し話をした後、つむぎはいつも行っていた裏の濡れ縁に向かった。十四くんはまだ仕事中だから一緒にお話は出来ないらしい。
空却の家の濡れ縁に座ると時折ネコが現れる。つむぎが前仲良くしてたのはキジトラ。
しかし今日は、キジトラが顔を出すことは無かった。
「トラちゃーん?おーい、いないのー?」
「あのキジトラならもうずいぶん来てねえぞ。」
ふすまが開く音と一緒に、空却の落ち着いた声が響く。
「え、いつから?」
振り返りながら聞けば、空却は湯呑を机に置きながら静かに続けた。
「三か月くらいまえ。」
「…そっか。」
「まぁあいつも年だったでな。」
「…なんか……祇園精舎の鐘の声?」
「諸行無常の響きありってか。」
空却がお茶を淹れる所作を、つむぎは机に突っ伏しながら眺める。空却の所作は、相変わらず綺麗だった。
空却はすごいやつ。
まっすぐ心臓を貫いてくるような猫目や、曲がらない信念、芯の強さ。とにかくなんか、強いやつ。
凄くて強い、カッコいいやつだ。
それに比べて私は。
つむぎは机にべったり頭を置いたまま、目をとじた。
「お前、大学は?」
「…ん……なかなか難しいよ。ぜんぶ。」
「んだそれ。」
空却がそれ以上聞いてくることはなかった。
でも空劫の金色の目はずっと、つむぎを貫いていた。ただ静かにじっと、何かを見極めるかのように、じっと。
もし実体を持ってたら、心臓に突き刺さって一瞬で死んでいるほど、それは鋭かった。
まっすぐで綺麗で、透明で聡明なその瞳につむぎは気後れした。気後れして、目を逸らした。
「晩飯用意すっから食ってきゃー。」
「んー、いいよ。…たぶん、お母さん待ってるし。」
「そーか。じゃ送ってく。」
「だいじょーぶなのに。」
「お前んちのおふくろさんにも挨拶すんだよ。おたくのお嬢さんまた馬鹿やってますよってな。」
やぁめぇてぇ、と私はもう一度机に突っ伏した。
つかれた。
白檀のにおいがする。
変わらない気がするけど、変わった気もする。
「やっぱ落ち着く。」
「おー、そうか。」
「かわってないね。」
「ん。」
「かわって、ないよね。」
突っ伏したまま、気がついたらつむぎは眠ってしまっていた。
家がなくなってしまう夢を見た。
少し、涙が出た。