第10章 それでは、また明日[空却]
「ただいま。」
誰も居なかったから、おかえりなんて言う人も居ない。誰も聞く人は居ないとほっとしながらつむぎは、ひとつため息をついた。
つむぎの部屋は半分物置のように使われていた。
母の使わなくった健康器具やもう二度と読まないだろう本や、着なくなった服。もう要らないもので溢れかえっている。
こいつらを探しに来る人は、必要とする人は、きっともう居ないんだ。ここで朽ちていくのを待つか、捨てられるか。
死んだなにかの塊。
同じだ。誰かさんと。
つむぎはそんなゴミの塊をそっと触れて、じゃま、とひとこと呟いた。
荷物を置き、つむぎはそそくさと家を出た。
歩きながら見た近所の家の塀が、前より少しひび割れている気がした。ガードレールも錆び付いていて汚かった。
思い出の中ではもう少し綺麗だったのに、とつむぎはそんなことを思った。
懐かしい石段を昔と同じに1段飛ばしで駆け上がると、すぐに息が切れた。そこにも老いを感じ、つむぎは少し落ち込んだ。
「くーこぉーー!」
「うるせぇーー!!!」
石段を登り終わったつむぎが叫ぶと、間髪入れずにその本人の声が倍以上の音量で返ってきた。
「相変わらず騒がしいなお前は。もうちょい声小さくできんのか。」
「そっちの方が音量大きいとおもーよ。」
箒を持ってガムをクチャクチャ噛んでる不良坊主は「何においてもお前には負けたくねーからな」なんてケラケラ笑っていた。なんてアホなんだろう、とつむぎは思う。
「まーいーや。とりあえず茶入れる。」
「おん。ありがと。」
会話が中学からなんの成長もしてないな、と小さく思ったけどつむぎはそれが嬉しかった。
「空却さーん、あっちの掃除おわっ…」
なんだか少年のような声がして振り返ると、向こうから男の子がやってきていた。
スラッと背が高く目鼻立ちの整ったその人を、つむぎはゆっくり見上げる。
「あーえと、お邪魔してます。」
その男の子がぴしりと固まってしまっていることに、つむぎは気が付かない。
「あー、つむぎ此奴は」
「我は華麗にして混沌のヴォーカリスツッ!!四十物十四だ!」
「お、え、?」
急に雰囲気の変わった彼にはただ、目を瞬かせるしかなかった。