第10章 それでは、また明日[空却]
懐かしい景色だった。
「うひゃぁぁ」
つむぎは目の前の石段に堪らず悲鳴をあげる。
背には大きなリュック、片手には重たいスーツケース。これで石段登るのは無理なのではとつむぎは予想する。
しかし、荷物を置きに1度家に帰るという考えは、つむぎにはなかった。
「むりぃい!」
スーツケースを一段上に持ち上げただけでつむぎの体力は無くなった。女子大生の体力を侮らないで欲しい。いや正確には、“元”女子大生。
「つむぎ…?ここで何やってんだ。」
「ぇえ?」
聞き覚えのある声に振り返ると、赤い髪でスカジャンを着たヤンキーが立っていた。
「空却…。…生きてたんだ。」
「おめぇこそ何処ぞで野垂れ死にしたと思ってたわ。」
「私死んだら君ん寺に経読んでもらうかんね。」
「拙僧が経あげてやろうか。」
「やだ灼空さんのがいい。」
ヤンキーとつむぎは軽口を言い合う。
2人は昔からこうだった。小さい時からずっと『大悪友』だった。
つむぎは、相変わらず態度が悪すぎる坊主だと思いながら、それでも懐かしさや安心をゆっくり感じていた。
そうだ。
帰ってこれたのだ。
懐かしい実家に。
「帰ってきたよ。」
「日帰りか?」
「住んでんだよ。」
「いつから。」
「今から。」
「あそ。」
「久しぶりに君んちの寺行きたいんだけど、荷物運ぶの手伝ってくんない?」
「やだね。置いてこい。」
「やだ。」
「手伝わねぇぞ。」
「……それもやだ。」
口達者なヤンキーに言い負け、つむぎは泣く泣く踵を返した。
帰りたくないわけじゃない。
いや、帰りたくないのかも。
「おいつむぎ。」
「なんだー?」
「茶用意して待ってるわ。」
声に振り向けば、赤い髪が手を振っていた。
お気楽に、ひらひらと。
「おう。」
ほぼ1年ぶりの地元の街は、大学に行っている間に少し、ほんの少しずつ変わっていた。
よく行っていた古本屋は無くなっていて、代わりに新しくて小綺麗なカフェみたいのが出来ていて。知らない人もいっぱい越してきていたし、近所のうるさかった犬も、いなくなってた。
でもきっと、友人は変わっていないはず。
変わらない友情。
変わることのない悪友。
つむぎはそれをどうしても信じたかった。