第9章 荒野を歩け[帝統]
つむぎが連れてこられたのは、人気のない静かな路地だった。見るからに治安が悪そうで、これぞ“アンダーグラウンド”って感じの。
「これが、“アングラ”……。」
「あれぇ?おねぇさんちょっと怖かったりする?」
「いや、初めてで……」
「じゃあ初挑戦だぁー!行っくぞぉ!」なんて気楽に手を引くけれど、つむぎの手は手汗でぬるぬるである。
飴村さんが手馴れた手つきで治安の悪そうな店の扉を開くと、音と煙が一気に襲ってきた。
モワモワとタバコの煙で霞んで見える客席に、男達の低い大きな声。それから何かがジャラジャラと転がる音。
どう見てもめちゃくちゃ治安悪い。あとめちゃくちゃ肺に悪そう。
「帝統、最近よくこの賭場居るんだよ。」
「こーいうとこで…」
友人の遊び場を初めて知ったつむぎは、少しドキドキした。
「んー、帝統はー、あーっ!いたいた!!」
「えっ」
飴村さんの目の先には、確かに帝統が居た。
人だかりの中心で、机の上をギラギラと睨みつけていた。
その時見た有栖川帝統という男は、つむぎが見た中で1番、楽しそうだった。
健康に悪そうな煙の中、頬を赤くそめて、汗もダラダラかいて、髪をかきあげて、煙を吐いて。笑ったりする。怒ったりする。唇を噛んだりする。歌い出したりもする。
傍から見たら滑稽な姿だ。
獣みたいに品もへったくれも無い、本能だけの塊。
それでもつむぎはその姿から目を離すことはできなかった。
楽しい!楽しい!楽しい!
俺はここに生きている!生きている!!
ただそう叫ぶ、ただそれだけを生きる魂の獣に、つむぎには見えた。
「……」
言葉が出ない。
つむぎは、今初めて有栖川帝統という男を見た気さえする。
「ねぇおねーさん、声かける?」
「い、いいです。……かけちゃ、ダメな気がする。」
「気迫っての?すっごいよねぇ。」
「初めて、見ました。」
胸が破裂しそうだった。鼓動が強く打ち返してくる。全身が心臓になったみたいだ。
「こんなにも、生きてるなんて。」
立ち尽くすつむぎの前で、帝統は叫ぶ。
「今度は、俺の命をかけろうじゃねぇの!!」
「うわ、バカだなぁ。」
カッコイイと、思った。