第9章 荒野を歩け[帝統]
つむぎの変な表現に、帝統は首をかくんと傾げる。
普段熱いお茶ばかり入れられている湯呑みにシュワシュワのファンタオレンジを入れるところを想像してみた。
いっつも熱いのばかりで少し傷の付いた湯呑みは、冷たくシュワシュワなジュース注がれて。まぁたまにはありか、なんて涼んでる。
ありってこと?
「…たまにはありってことか?湯呑みも喜んでるし。」
「つぅっ…なんで湯呑みの立場に立つの…!?」
つむぎは頭を抱えてまた新しい表現を探す。まさか湯呑みの立場に立たれるなんて。
「ただ、その……」
正座から体育座りに変えて、膝の間に言葉を落とす。
「“カッコイイ”の枠には、はいら、ない。“カッコイイ”じゃ手持ち無沙汰って、いうか……恋愛対象として見るのには、その、違和感があるなぁっておも、う…」
どれだけ変人で原人で馬鹿でアホな帝統でも、分かっただろう。
つむぎが帝統を意識してないっていうことを。
男として見てないってことを。
ただの、友達だってことを。
まぁ、それは当たり前だろう。
けど。
言葉を繋げるつむぎに、帝統はずいと近づく。
そんなの、悔しいから。
「そんなん言われても、俺は好きだ。」
「は、」
「好きだ。」
「う、ちょっ、やだって、」
つむぎに帝統が顔を近づけると、近づいた分だけつむぎもずりずり引き下がる。
そんな攻防は狭い四畳半の部屋ではほんの数秒で終わってしまう。あっという間に追い詰められたつむぎの背はとんと壁にぶつかった。
「好きだ。」
「い、ぃ」
「キスしてぇ。」
「いぇぇ、ムリ」
帝統はつむぎの背後の壁に手をつき、逃がさないようにする。世にいう“壁ドン”だ。
つむぎは“壁ドン”の事実を受け入れられずに顔を手で覆って隠す。友人に求愛されてる事実が理解出来ていない。
「なぁ、顔見せろ。」
「う、むり、や、」
「おーい、な…あ、」
顔が見たくて帝統が力ずくで剥がした手の向こうには、見たことない顔があった。
真っ赤で、今にも泣きそうで、弱々しくて。
帝統の頭にはただひとつ、「こんな奴一捻りだ」なんて言葉が浮かんだ。荒々しくて、物騒な言葉が。
「やだ、」
その言葉に帝統はパッと、手を離した。