第9章 荒野を歩け[帝統]
「は?」
ポカンと立ち尽くすつむぎの前で、帝統は息を荒くしていた。鼻呼吸から口呼吸に切り替え、肩で息をしている。
息荒くハァハァしている帝統と反対に、つむぎの息は止まったまま動かない。
あれ、こいつ…死んでる…?と帝統は慌てて肩をガクガク揺らしたが焦点が合わない。ヤバい死ぬ、殺してしまう。
「おい…?つむぎ死ぬなっ!」
これで本当に死んでたらきっと死因はショック死だ。じゃあ自分は犯人だ。友人を殺した殺人者として報道される。告白したらショックで死んじゃいました!なんてコメントする自分が見える。恋する青年が想い人を殺害!?なんてニュースタイトルも見える。
帝統は想像しすぎて少し泣いた。
ぶくぶくじりじりぶじゅーっ
「あっ!?」
「鍋っ!!」
それまで完全に隔絶された次元に意識をぶっ飛ばしていたふたりだったが、吹き出した鍋の音のおかげで心が元の次元に集結する。
「火!火が!」
「分かってる!帝統台拭き!」
「何処だ!?これか?」
「それ私のスヌード!」
「なんだそれ?」
「ひっぱるなおバカ!」
スヌードをぐいぐいとひっぱる帝統をひっぱたく。つむぎがマグマのように揺れている鍋を菜箸でつつけば、良い匂いがぷんと広がった。
どんなにしっちゃかめっちゃかになっていようが、どんなに心中騒がしかろうが、人間腹は空くようで。
ギュルルル
「…とりあえず鍋、食べる?」
「…おう。」
腹の音に2人は逆らうことはできず、大人しく食事を始めた。
突然始まった鍋パーティーは、無言のまま。
めちゃくちゃに気まずかった。
「鍋美味いぞ。」
「……ほんとだ。」
会話はそれだけ。
鍋は美味しかった。肉も白菜もいい具合に柔らかくて美味い。頬張った口の中がとにかく幸せだ。
でも、気まずい。
話しかけても会話が進まない。帝統が言ったから。関係が完全に変わることを。
帝統は箸を咥えたままつむぎの様子をチラ見する。
黙々と鍋を食べ続けるつむぎは、帝統から必死に目を逸らしたり目をつぶったり。現実逃避しようとしているのが何となく分かった。
「白菜、美味いな。」
「…ん、あ。」
気を引きたくて必死な帝統の食レポは、下を向いていたつむぎと目を合わせるという成果を生んだ。