第9章 荒野を歩け[帝統]
「はーなーせー!」
腕の中でもぞもぞと動くつむぎが可愛くて可愛くて、帝統は力を強め、少し下にある頭をガシガシと撫でた。
帝統は愛犬を可愛がる如くつむぎの申し訳程度に整えてあった髪をボサボサにした。それがどれだけ可愛がってる愛犬だったとしても多分噛み付いてる。それくらい強く撫でたり抱きしめたりしていた。
「…も、はなせ。」
恥ずかしさで口悪く、そしてしょぼしょぼしているつむぎに、帝統はまたギュンギュンした。
あのゾーンだ。
ゾーンに入ると最強なのだ。
「なぁつむぎ、」
「…んだぶっとばすぞ。」
少々口が悪いが、帝統のゾーンはそんなことではブレない。どんな球でもストライクゾーン、ホームランにできるし、どんなコースでもホールインワン。可愛いもんよ、と受け流すのだって余裕だ。
頭を両手でがっちり捕まえ顔を覗けば、つむぎはムッと眉を顰めた。への字に曲げられた可愛らしい唇に、帝統のゾーン状態はまた暴走する。
「キスしてぇ。」
「は?」
やべ、と口を抑えたがもう遅かった。ゾーンに入っていたとしてもこれはやべぇ。
帝統がそんな事言ったせいで、さっきまでしょぼしょぼと照れていたつむぎが目をかっぴらいて立ち尽くしてしまった。
しばらく口をハクハクさせたあとつむぎは燃え尽きた残りカスを吐き出すように呟く。
「欧米か。」
あれどっかで聞いたことあるぞと思考をめぐらせていた帝統の脳内で、坊主頭の男がライオンの描かれた服を着た男をひっぱたいた。「欧米か!」とツッコミながら。
そうそうコレコレ。時々どっちがどっちか分からなくなるんだよな、と脳内の漫才を見ながら思う。
鍋のぶくぶく音ではっと白日夢から戻った帝統は、慌てて脳内劇場の幕を下ろした。
「いや欧米じゃねぇよ。」
「あ、挨拶で、ちゅうとか…欧米の文化だ!」
「俺は日本人だ!」
「じゃあそういうの、か、簡単に言うな!帝統のアホ!」
つむぎは真っ赤な顔で帝統を突き飛ばす。
だが帝統も負けていられない。
あの言葉を簡単なわけあるか!
ガチだよ!本心だよ!!うっかりだよ!!!
「お前がっ、好きだからだろぉおーー!?」
悶絶するように身を捩り、
そして絶叫するように喉の奥から、
帝統は叫んだ。