第9章 荒野を歩け[帝統]
「つむぎ、」
「雨の中でなにやってんの。あぁ分かった、大負けしたのか。」
つむぎは傘を帝統に差し出してにやっと笑っていた。意地悪そうに、雨の中の帝統を笑っていた。
ちょっとぽかんとした後、つむぎの言ったちょっと失礼なことに今頃気づいた帝統はようやく普通に口を動かした。
「ま、負けてねぇ!」
「ふぅん、よかったねぇ。」
つむぎはまたにへにへ笑ってる。
帝統の胸は大きく鳴って、跳ねた。
鳴って跳ねて、嬉しくて、楽しいのだ。
目の前につむぎが居る。それだけで胸が熱くなり嬉しくなっている。
「行きたいとこあるなら送るよ。雨降ってるし。」
「行きたいところ、」
いろいろ悩んでいたけれど、おかしいとか苦しいとか思っていたけれど、いざつむぎと会うと、心は迷わなかった。
帝統は人差し指をつむぎに向けてひとこと。
「お前ん家。」
「げ、」
つむぎはめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
帝統はちょっと傷ついた。
「今日ひとり鍋パーティの予定だったのに。」
「俺も鍋食いてぇっ…です。」
嘘つきの友人の言葉がぐるぐる回って止まらない帝統は、せめてもの敬語を使った。敬語をつむぎに使ったのは初めてだった。
控えめに返す帝統につむぎは驚く。
「え、帝統が変だ。大丈夫?お腹痛い?風邪ひいた?」
「なんもねぇ!!違ぇから!!」
つむぎは訝しげに帝統の顔を覗き込む。
帝統の方はというと、つむぎの顔が近くて訳分からなくなっていた。頭の中がうるさくてまた空っぽになっていた。あ、顔ちけぇー!ってのはある。
「じゃあ…皿洗いしてくれたら。」
「え、いいのか!!?」
「…なんか、心配だから。特別だよ!」
帝統は嬉しくって小躍りしそうになった。
「ではどっちか持ってください。傘か、買い物袋。」
「おー!…あっ、どっちも!どっちも持つ!」
「おっ!ありがたいね!よっ!いい男!」
ふざけて囃し立てる言葉でも、ゾーンに入ってる帝統はめちゃくちゃに真に受けた。いい男と呼ばれて嬉しくなった。
雨の中を2人で歩く帰り道は帝統にとっては本当に幸せで、口は勝手にニマニマした。ニマニマした顔をつむぎに怪しまれたのは、ちょっとムカついた。