第4章 クジラの背中
不審がる俺に、ダダンは言った
【食いたくても食えないのさ。】
食べ物を前にしても虚ろな瞳でいるチエ
それを見つめるダダンの顔は、酷く悲しい顔をしていた
憐れむような、怒っているような、複雑な感情が入り組んで、でもそれを出すまいと抑え込む、葛藤のようなものを感じた。あの時はよく分からなかったが、後からになってチエの過去を知り、ダダンの表情の訳を悟った
【チエの父親は海賊で、その唯一の父親の手からでしか食べ物を食べないと聞いた。あのガープが力づく口を開けさせようとしても無理だったって話だ】
ガープで無理だったものを自分たちに押し付けて、死んだら捕まえるなんて身勝手にも程がある、とダダンは毎日のように言っていた
俺には理解できなかった
同じく父親が海賊でも、父親を愛し、慕うことは俺にはできない
チエのやっている事は、甘えだと思った
俺とは違う。幸せな家庭で、甘やかされて育った。親に縋って育った。
俺とは違う世界の住人だと。
【親がいないと飯も食えないのかよ】
自分よりも、幸せなくせに
自分よりも、暖かい場所にいたくせに
いくら嫌味を言ってもチエは動かなかった
それは何日も、何日も続いた
ある日突然、ガープが山にやってきた
チエに近づき、何かを告げるが、チエは何の反応も示さなかった。またか、と思い外へ出ようと思った時、ガチャガチャと食器の荒々しい音が聞こえて、慌てて振り返った
【!】
そこには涙を浮かべながら、ガツガツと食べなかった朝食に手をつけるチエの姿があった。
ガープは、チエの頭を撫でながら、その様子を見守っていた
あの時ジジイがチエになんと言ったのか未だにわからないが、その日を境にチエはちゃんと飯を食うようになった
そして少しずつ、言葉を交わすようになった
【これは楓の葉っぱ、こっちは椛。秋になったら真っ赤になるんだ】
【もいじ】
【も、み、じ】
【も、い、じ?】
チエは言葉の発達が遅かったが、好奇心が強く、興味のあるものには直ぐに近づいて触れようとする。ダダン達はその都度教えていた
チエは急速に成長して行った