第4章 クジラの背中
とにかく、必死だった
絶対に、失ってはいけない。手放してはいけないと、頭の中でサイレンがガンガン響いた。
煩いほどに、鼓動が高鳴って血が全身に巡るのを感じたんだ
『エースッ!!』
「ゲホッゲホッ、はぁッ、はっ、ぅげっ、ガバッ」
水を吐き出しながら、必死に息を吸おうとする。
『落ち着いて、なるべくゆっくり息を吐いて!』
まずは水を出さないきゃ
「ドクターが来たぞ!!」
エースが目覚めて直ぐに、ドクターが駆け付けてきた。デュースも一緒だ
……、、よかった……
エース、ちゃんと生きてる……
「大丈夫か、チエ!」
急に気が抜けて後に倒れそうになったところをデュースが支えた。
がくんと、力の入らない体が鉛のように重かったのを覚えている。
そこからの記憶はよく覚えていない
【…ぁぁん、うあぁあああん】
泣き声……
叫ぶだけの、小さな子供の泣き声
あやしてくれる手はどこにもない。あの日当たりの悪い小さな家で、たった1人泣いている。
あれは……私だ
床には空いた酒瓶がごろごろ転がっていて、ゴミやいつ使ったのかわからない食器も落ちている
誰もいない家で、寂しくて
家の外には光が溢れてて、怖くて、出られなくて…。
【……とーしゃん…】
【……泣くな、食え】
たまたま帰ってきた父親の足に泣きながら縋り着けば、バツが悪そうに景品の飴玉を差し出した
私にとってはあんなダメな男でも、父親だった。私はあの人がいなければ生きていけなかった
窓の外に見る、"家族"というものに憧れはしなかったけれど、物足りないとは思っていた
優しい笑顔を浮かべて、温かく抱き寄せてくれるその存在が、私にはいなかったから
【とーしゃん、…かーしゃんどこ…?】
そう聞くと大抵父は怒って怒鳴った。気がおかしくなったように笑って、最後は静かになる。
母は父を狂わせるスイッチだった
記憶にはない、その影を私はいつも想像した
でもやっぱり1人で待つあの家に、母と呼べる存在は現れることは無かったんだ