第4章 クジラの背中
やんわりと、ただ置かれたままの手に、エースの手が触れる
「………まだ、夜…苦手なのか…?」
別に、今までそんなこと口にしたことは無かったのにエースは知っていた。そしてその事を私も知っていた。
だからきっと甘えていた
『…ううん。もう大丈夫。ありがとう運んでくれて。部屋に戻るよ』
「そのまま寝てても…いいんだぞ」
つっかえながらも、その声は優しかった。
…私がここにいたらエースが寝る場所がない。それに朝エースの部屋から出てきたら厄介なことになりそうだし
『大丈夫。エースはゆっくり休んで』
「…わかった」
ゆっくりと起き上がり、手櫛で髪を整えてベッドから降りた
その様子をエースは立ち上がって見ていた。まだ完全に眠気が取れていないせいで、視界は暗いままだ。エースの表情もよく見えない。ただ漠然とそこにいるという影だけを残して
……やっぱり夜って嫌だな。
ちゃんと隣に居るのに、いるかどうか不安になる。
『医務室まで、どうやって行けばいい?』
「ああ、部屋出て左の突き当たりを右に行けば、医務室のとこの通路に出る……チエ?」
『?…なに?』
不意に名前を呼ばれて、吃驚しながらエースの顔を見上げる。何となくそのシルエットで大体のパーツを予想するが当たってるのかは分からない
何度か瞬きをすれば戻るかとも思ったけれど、そんなことは無かった
「…ほんとに大丈夫か?」
『大丈夫だって、そんなに心配しなくても』
声色に、不安な思念はない。至って普通なのに、どうしてエースは気づいてしまうのか
"言わなくても伝わる"
だから好きだし
だから嫌い
伝わって欲しくないことまで、エースには伝わってしまう。ぜんぶ筒抜けでエースだけが気づいてしまう。
どんなに1人で耐えようと他の支えを断ち切ったとしても、エースだけは、気づいて結局私はエースに頼ってしまう
だからダメなんだ
きっと、そうなんだ
私がいつまでもエースに甘えているから
何も、1人じゃ出来ないから
だから置いていかれるんだ
エースにも、
…家族にも。