第4章 クジラの背中
扉を蹴破る勢いで推しあげれば、立ち上がったチエとその手首に手を這わせるイゾウの姿が目に映る
立ち上がったチエは、弾かれたように顔を上げた。その頬はほんのり赤い
じり、
焦げ付くような、嫌な感じ
「用も済んだし、邪魔者は退散するぜ」
「えっ、あ、おい!」
肩を掴んだ腕もひらりと躱されて、あっという間に医務室を後にする。残されたこの熱は、何処にもぶつけられずに空を切った
『………ごめんなさい』
訪れた沈黙を破ったのはチエの方だった
……なんで、謝るんだよ
俺には関係ないんだろ
『勝手に海軍に入って、ごめん。でも私が自分で決めたことだから』
真っ直ぐに向けられた深緑色の瞳は、迷いのない強い目をしていた
この目は昔から変わらない。
やると決めたら絶対何がなんでもやり通すやつだし、そうなるとテコでも動かねェ
『私も譲れないものがあるから』
「…っ、」
ドクリと鼓動が大きく鳴ったのが分かった
俺やルフィとは違う。チエは女で、女ってやつは男に較べて脆くて弱い。ずっとチエもそうだと思ってた
今でもその意識はあまり変わってない
けど、俺がいつまでもチエを守ってやらなくちゃ…なんて都合のいいこと言えやしない。ましてや、チエをあの島に縛り付けようとしていたのは他でもない、俺自身だ
それが、チエを守れると思い込んでいただけなのかもしれない
実際1年ほど離れただけでチエはこんなにも成長した。俺の手の届かない所にいるより、自分で身を守れる海軍にいた方がいいのかもしれない
そう自身に納得させつつも、チエの"譲れないもの"が何なのか気になった
ずっと一緒にいた俺にも分からない
海軍に入ってまでしたかった、その理由が
「………好きにしろ」
俺は俺の、お前はお前の道を行く。その事に何も異議はない
ただやっぱり、俺自身の我儘が素直に頷くことをしない。
チエに惚れているから、危険な目には合わせたくない。出来ることなら傍に置いておきたい
そんな叶えられない俺の我儘。