第4章 クジラの背中
「へぇ…。今度俺に化粧させてくれよ。きっとその顔には映えるぜ」
くそっ!イゾウの奴、さっきから何言ってんだ!!
まさかチエに手を出すつもりか?
ていうか、ただの煽りだったんじゃねぇのかよ
『遠慮しておく』
凛とした声に一瞬飛んでいた意識が引き戻される。
そう言えば、チエは急に女っ気が無くなったというか……口調も男みてェだし、格好も、昔みたいにふわっとしたやつじゃない
そういうのが嫌いなわけじゃない。寧ろ、花とか好きな方だったし、ダダンのデカすぎる服も上手く着ていた
記憶を遡れば、浮かんでくるのは女の子らしいチエの姿。今まで女はダダンかマキノかチエしか見ていなかったから、世間一般で言う"年頃の女"ってものがイマイチわかっていなかった
でも、今なら何となくわかる。
昔のチエと比べれば、今のチエが"年頃の女"と違うのが割とハッキリする
かと言って今のチエが可愛くないかと聞かれれば──…
「……全然んな事ねェ」
昔のチエは、なんかこう…ふわっとした、女の子っていう女の子で、辺に着飾ったりしない自然体の姿がまた可愛いというかなんというか…………
思い出してこんな思考に刈られる自分が、少し恥ずかしくなる。心做しか顔に熱が集まっている気が…
「エースならきっと喜ぶと思うけどな」
俺……?
いや、まぁきっと化粧したチエも綺麗なんだろうけどよ
つーか、顔つき変わったよな。大人っぽくなったし、何だかすまし顔が似合う、言うなれば美人って言うやつなんじゃないかと思う
俗に言う"美人"がよくわからないから、厳密には言えないが。
『……っ、関係ない』
「…………。」
関係ない、か………
そうだよな、もう俺達はあの島を出て、俺達なりにやっている。互いに干渉し合うような幼馴染とはもう………
正しい言葉のはずなのに、その冷たさがやけに心に突き刺さる。もやもやとまた一層霧が深くなったような、有耶無耶な痛み
「…俺、こんなとこで何やってんだ」
急に、チエを心配してつけてきた自分が情けなくなった。俺の心はまだまだガキで、どうしようもないくらい狭いらしい
気づけばこの手は戸口にかかっていた