第4章 クジラの背中
「イゾウっ!てめェ…ッ!」
バタンと扉を蹴破る勢いで入ってきたのは、先程まで小窓から覗いていたエースだった
チエの顔から朱色がみるみる引いて行き、違う意味で目を見開く
そんな2人の様子を見て、イゾウはパッと手を離した
「そう怒るなよ。何もしちゃいねェさ」
同意を求めるように、チエに目線を送るとぎごち無く頷いた
「用も済んだし、邪魔者は退散するぜ」
「えっ、あ、おい!」
引き留めようとするエースの手も軽々払い、医務室を後にしていく
ぬらりくらりとした気まぐれな人、チエはそんな印象を持った。同時に、押し殺そうとしていた自分の思いに気づかれて気の抜けない人だとも思った。
「……くそっ、」
手持ち無沙汰に宙に浮いた手を力任せに振るう。どこにもやり場のない気持ち、そんなことは見ればわかった
ずっと一緒に過ごしてきた、幼馴染みだから
エースが何を考えているのかくらい、わかってるつもりだった
つもりになって、浅はかな夢を見ていた。
強くなって、エースを吃驚させて、私を置いて行ったことを後悔させてやりたいと思った
それは多分、ある意味叶ったと思う。まだ強くはないけれど
でもそれが、望んでいたことじゃないのはこの1週間でよくわかった
『……ごめんなさい』
1番に出てきたのは、謝罪だった。
言われた本人も何への謝罪なのか分からずにぽかんと口を開けた
『勝手に海軍に入って、ごめん。でも私が自分で決めたことだから』
本当は、強くなって、エースを見つけたら「強くなった私をちゃんと連れて行って」って言うつもりだった。「もう置いていかないで」って
でも、そんなの私の勝手な願望でエースのことなんて何も考えていなかった
正直私を一緒に連れていかなかった判断は正しい事だし、海軍に入ってエースを見返したいと思ったのだって私の我儘だ
でも、これだけは私から折れてやるつもりは無い
理解しているけれど、だからこそ納得いかない
子供みたいだと思われるかもしれないけど、この我儘を正当化せずにはいられない
『私も、譲れないものがあるの』
私はエースのことが好きだから。