第4章 クジラの背中
「んなっ……!!」
最初に声を上げたのはチエではなく、小窓から覗いていたエースだった
「アイツ…っ、何口説いてんだよッ」
エースの焦りとは裏腹に、言われた本人は全く表情を変えていなかった
『そう。ありがとう』
素っ気ないそれは、本当に興味がなさそうで、嬉しさの一欠片も込められてはいなかった。
そこいらの男ならまだしも、割と顔の良いイゾウに「素顔でも綺麗だ」なんて言われたら、フツー頬の一つや二つ紅く染めるってもんを……
「まさに鉄壁だな」
「だね。イゾウに靡かない女の人初めて見たかも」
空樽の隙間から耳を傍立てていれば、また微かに声を拾うことが出来た
「へぇ…。今度俺に化粧させてくれよ。きっとその顔には映えるぜ」
『遠慮しておく』
イゾウはチエを見つめたままだが、チエはイゾウに一向に視線を合わせなかった。
次の言葉を聞くまでは
「エースならきっと喜ぶと思うけどな」
気だるげに開いていた目が、明らかに大きく開かれた。ちゃんとイゾウの姿を映して。
『…っ、関係ない』
その反応を見て、イゾウはニヤリと笑った
「へぇ…」
鉄壁が少し揺らいだ、その瞬間を見逃すイゾウではない
弱点こそ付くものだ。
「アンタ、エースに惚れてんのか」
『……っ!?』
何かを言いたそうに口をわなわなさせ、開いたり閉じたりする。頬はほんのり紅く、耳も同じ色に染っていた
「これで納得が行く。そうでなきゃ、この船に1人で追っかけてくるなんざ出来っ子ねェしな」
あんな大怪我まで負って、そう付け足すイゾウはまじまじとチエを見つめた
『わっ、私は…別に…』
必死に抵抗しようと、赤い顔のままイゾウの方に身を乗り出す。ガタッと揺れる椅子はチエの動揺をそのまま表しているようだった
訴えるように身体の近くで握られた拳を、そっと撫でるように伝い、その白い手首を掴んで言った
「アンタ、結構可愛いんだな」