第4章 クジラの背中
『ご馳走様』
凛とした声に、厨房の騒音は一瞬止んだ。
その声の主が、今しがた話の中心となっていた人物だからだ
しゃがみ込んだサッチと声の主の瞳が会うと、サッチは豆鉄砲を食らった鳩のように目を丸くしながら覚束無い返事を返した
点滴は外れたみたいだが、まだ病院服と包帯姿のまま。この姿で船内を彷徨くのは今のところたった一人だけ。海兵のチエ・ルノウェである。
きっとサッチと同じく、しゃがみこんでハルタの肩に手をかけるエースの背中はチエからも見えているはずだ。
しかし特に、声をかけるでもなく、ただ冷たく一瞥して食堂の出口へと向かっていく。
イゾウはその様子を静かに見つめていた。
「お前ら何も話さねェのか」
視線は扉に向いたまま、イゾウの質問が俯いたエースに向く
サッチとハルタは、エースの答えを待って彼に視線を集めていた
「……知るか、あんな奴」
ぼそりと零れたのは、どこか投げやりで拗ねているようにも聞こえるフレーズ。不器用なエースには、真っ直ぐという言葉がお似合だが、今はその真っ直ぐさが仇になっているようだった
マルコに聞いた話によれば、2人は幼馴染でエースが海に出たあとなんの相談もなくチエが海軍になったらしい。エースはそれが不服で、納得していない
まさにエースの真っ直ぐさと、チエの意地がぶつかり合ってどちらも折れずにいる状態という訳だ。
「でも心配なんだろ」
腰を持ち上げて、チエの後を追おうとするその背中に投げかける。
サッチ達にとって、何故チエが海軍に入ったのかは特に大した問題ではない。しかしエースがいるから、その問題にも首を突っ込んでいるわけで
「別に…心配なんかしてねーよ」
「じゃあ一体どこに行くんだ」
「便所だよ、悪ぃか」
段々声を荒らげるエースに大して、質問するイゾウは至って冷静である。寧ろ口元に浮かべた笑みには何か企みがあるようにも見える
「いいや、何も悪いことなんてねェさ。お前が便所に行こうと俺がチエに声をかけようと、何も悪くねぇよな」
な、と同意を求めるようにハルタに視線を向ける。ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてながら