第4章 クジラの背中
親父に向かって強気な姿勢をとる姿は、ほんの少し前の俺を思い出させた。
「ほう…」
親父は目を細めた
『アンタは私を殺せない、いや"殺さない"。…私にはまだ死ねない理由があるからだ』
チエのやつ、無茶苦茶だ
この船にいる以上、チエの命は親父に握られているも同然。せっかく拾った命を無駄にする気か…っ、
「グラララララララッ!!イカれてやがる、この小娘ただの紛れ込んだ海兵かと思えば、とんだ大物を拾った見てェだな」
心底可笑しそうに、腹の底から笑った
一方でチエは顔色一つ変えやしねェ
俺たち周りは状況を飲み込めずに、眺めるしか出来ないと言うのに
『取引しよう』
親父は目線だけチエに向けてチエの次の言葉を待った
『私はアンタたちの情報を一切軍に伝えない。その代わりに私を次の島まで無事に送り届けることが条件。』
親父に向かって、条件の数だけ指を立てて見せた
その表情はどこか好戦的で、こんなチエ初めてみた
「さっきから何を言ってんだよい!」
「そうだ、話が無茶苦茶だ!!」
周りからの野次を制したのは、親父だった
「ちょいとてめぇにばっかし都合が良すぎやしねぇか?」
『確かに。私を無事に送り届けたとして情報を渡さないとは限らない…けどアンタがを私を無人島に送り届けるのならそれは出来ないな』
確かに、そう皆が心の中で思ったと思う
考え方によってはフェアなのかもしれねェが…
こんな条件を親父が呑むわけ……
『私を殺してもなんのメリットもないが、私を生かしておけば殺すより利用価値がある。違うか?』
「それはお前の脅し文句か?」
『言ったろ、"取引"だって』
その言葉を最後に沈黙が訪れた
親父とチエの視線だけが、何かを語っているようで俺達には踏み込めない空気が漂っていた
先に折れたのは親父の方だった
「グラララララララ!!!いいだろう、その取引乗った」
「親父!?」
愕然とした声が船を包み込む
チエの方をチラリと盗み見ると、ほんの少し口角が上がっていた
どこか、俺の時と似た場面でさほど衝撃はなかった
が、それよりもチエの変貌ぶりにただただ驚くばかりだった。