第8章 Pandora
まだラルーの瞼は固く閉じられていて、生き物の体温を感じるものの、濡れた羽根は冷たくなってきている
ラルーと無事再開出来たことで少し冷静さを取り戻せたのか、チエ はすぐに辺りを見渡した
浜辺に落ちている流木や、崖に生えている木々を集めてはラルーの体をぎゅっと抱きしめる。よく見ると色々なものが落ちているようだが、今は火を起こしてラルーを暖めないといけない。
チエ はやがて森の入口を見つけた。山育ちの勘か、日頃鍛錬している見聞色の覇気か、生き物がいるような気配はしなかった。そこから深々と茂る木々の中へ足を踏み入れる。草木をかき分ける音に混じって、足に付けられた枷の鎖が冷たい音を出していた。
それを無視するようにチエ はずんずん森の中へ進んで行った。
やがて、少し開けた場所をみつけ、すぐさまそこで火を起こした。
『ラルー、これで暖かいよ』
大丈夫、と囁きながらくたりと力のない羽を撫でる。森の中に進んでもやはり生き物の気配はなく、完全に無人島のようだ
ここが、かつてはルノウェ 一族が暮らしていた島なのだろうか
焚き火の前で一息ついたからか、突然センゴク元帥の言葉が頭をよぎった。
『霧に守られた島…鍵…』
渦潮に飲み込まれる前、確かに私は霧の中に入った。不思議な潮に身を任せたものの、渦を見た時は一瞬死も覚悟した。
けれど、生きている。
何故だかこの島で目を覚ましてから、ずっと不思議な感覚がしている
『身体が…ふわふわする』
海で泳いだ後の脱力感や疲労感とも、重症を負って目を覚ました時の体と意識の繋がりが曖昧なような感覚とも違う。
身体が軽くて、力が泉のように奥底から湧き出るような……
とにかく不思議な感覚だ。
ここがルノウェ の住んでいた島なのか確証はないけれど、この不思議な感覚が何となくここだと思わせる
その時、ずっと抱きしめて温めていたラルーがピクリと動いた。
固く閉じられていた瞼にすうっとサファイアの線が入る。その線は徐々に楕円になり、ゆっくりとその宝石の瞳を顕にした
『ラルー…!よかった。』
まだ弱々しいものの、彼は何度か瞬きをして私の指に顔を擦り寄せた。
ラルーの体温を指や抱えた腕から感じる度に、「私はまだひとりじゃない」と心のどこかで安心する自分がいた