第8章 Pandora
ふらつく足で海岸の浜辺を歩き、海水が足に押し寄せようとも構わず歩いた
けれど見つからない。
どこにもいない
チエ はへたりと砂浜に座り込んだ。
『ラルー…』
自分の力のない声が、海水の染みた砂に落ちていく。乾いた砂浜と違ってひんやりとしたそこに座っていると、自分の体温も一緒に砂に落ちていくみたいだった。
すると海に僅かに高い白波が立つのが視界の端に見えた。なんてことない、たまにある高めの白波だ。
そう思って視線を真下に落とし、腕も足も力なく垂れさげているとその波が体にぶつかった。腰まで来る波は思ったより冷たくなく、なめらかに手のひらを通って行った
足元の砂が波と共に海へ引き込まれていく。腰まで来た波がサーっと引いた瞬間
『!』
チエ は目を見開いた。
波が引いていくところから真っ白な羽が姿を現し、自分の力のない両手の上にラルーがくたりと横たわっていたのだ
波がチエ の切望する気持ちに応えるようにしてラルーを連れてきたのだ
『ラルー!』
体は冷たいが、息はあった。
すぐさま自分の着ていた上着を絞り、ラルーを包む。
思った以上にその時は身体が上手く動いた。
火を起こそうにもすぐ準備できそうにない。それよりだったら日の出ている今のうちに日光と自分の体温で少しでも温めた方がいい。
『ラルー…お願い、起きて。』
思いつくことは全部試した。あとできるのは意識の回復をただただ待つことだけ
そうしてラルーを抱き抱えてどのくらい時間が経っただろう
真上にあった太陽が地平線に近づいた頃、ふかふかの羽に覆われた瞼が空のように青い宝石を顕にした。
『……っ、ラルー、』
目の奥が熱を帯びてきて、視界が歪み出す。つぅと頬を伝うそれを無視して緩くそっと抱きしめた。
あたたかい。
『……』
失ってしまったかと思った。
この島で目を覚ました時からずっと感じている違和感が、すぅと溶けて消えるように心の奥へと引いていく。それは漣の引き返しに過ぎないのだが、チエにとっては自分以外の体温が傍にあるということの方が大事だった。