第8章 Pandora
「お、珍しいのが浮いてるな」
真夏の海域を抜け、少々曇り気味な空の中、黒いマントを肩にかけた男は船縁から身を乗り出した。
「引き上げますか、お頭ァ」
下に降りた船員が、倒れた男に息があることを確認すると上から見下ろす船長に向かって叫んだ。逆光もなく、その男が面白可笑しそうに口元を歪めるのがよく分かった
また始まった、と船員は思いながら、背中に白ひげの刺青を背負った青年を自分たちの船へと引き上げた。
「起こしてやれ」
船長の言葉の前に用意していたのか、水をいっぱい溜めたバケツを誰かが持ってきて、青年の顔に中身をぶちまけた。
「ぅ、ゲホッゲホッ、」
冷たい水は直ぐに沈んだ意識を引き上げたらしい。
青年は咳き込みながら上体を起こし、顔を手で拭った
「ここは…、」
「よう、目が覚めたか。エース」
目覚めても、意識が混濁としているのか頭に手をやって周りを見渡す。そこへ赤髪の船長が彼の目の前にしゃがんで、その顔を覗き込んだ。
「アンタは……!!」
エースは見覚えのある顔にあんぐりと口を開けた。
「赤髪の、シャンクス……!」
名を言い当てられると、彼はさっきと同じように面白そうに口角を上げる
赤髪は白ひげとも親交があり、杯兄弟であるルフィの恩人だ。まだ自分の船で旅をしていた頃、1度この恩人に挨拶をしに来たことがあった。
「久しぶりだなァ、エース!聞きたい話は山ほどある、宴にしよう!」
わっ、と船上が湧き、船員たちは高々に拳を挙げた。エースも、久しぶりの再会に高揚し、宴の雰囲気に包まれそうになる
しかし、意識が戻ったことで襲いかかる空腹と疲労
それを感じてハッとした
「待ってくれ、俺ァ急いでるんだ!早くしないと、チエが……!!!」
彼の焦りに、宴だと浮かれ立った船員とシャンクスが神妙な顔つきに変わった。
「チエ……?」
シャンクスはその名前に、どこか聞き覚えがあった。
そして、エースのただならぬ様子を見て、彼の話を聞くことにした。
「話を聞こう。だが、宴をやりながらでも聞ける」
ニヤリと笑った顔は、イタズラ好きの悪い顔だ。船員たちは、またいつもの宴好きが始まったと苦笑いしながら再び声を高らかに上げた。