第8章 Pandora
潮に乗ると、不思議なことに船はスイスイ進んだ。波に揺られることも無く、まるで川を流れているかのようで、少し不気味にも思えた。
海の下には何も見えない。魚もいなければ、岩や海藻も生えていない。一体この海域はなんなんだ。
あまりにスムーズに進む船を見ていて、ふとあることを思い出す。
以前ガープ中将が母との出会いを話してくれた時、母はルノウェの里から泳いで逃げてきたと言っていた。しかし、ガープ中将の船から島までは到底距離があり、10歳そこらの少女ではとても泳ぎきれない距離であったと。
もしかして、この潮に乗ったのだろうか?
これなら海の荒波に逆らって泳がなくていい。流れに乗って、体が沈まないようにすればかなりの距離を進めるはずだ。
しかし逆に言えば、こんな特殊な潮が発生していたら島までもすぐにたどり着けてしまうし、目印になってしまう。海軍の科学者たちがきっとガープ中将の話を元に、母を拾った海域付近を調査しただろう。それでもこのことが知られていないのは、この潮が常に発生しているわけではないということか
もしかして、ルノウェでなければ発生しないものなのではないだろうか。
そう、考え込んでいた時、不意に顔を上げると視界がぼんやり白みがかってきていることに気づいた。
(霧…?)
どんどん濃くなってくるそれに視界は覆い尽くされ、進路は全く見えなくなった。
『ラルー、こっちへ』
ラルーを手元に呼び、抱き上げた。
何が起こるかわからない。常に備えておこうと心構えた瞬間
『わ、っ』
ぐらりと船が傾き、下に落ちる感覚がした。そしてすぐさま、体が左側へとなぎ倒される。かと思えば右側へ倒れ、船は先程までと違ってぐわんぐわん揺れる
『なに、、これっ』
舷をしっかり両手で掴みながら、瞑っていた目を開けた
『……っ!…うそ、でしょ』
霧よりも低くなった海面には、渦が出来ていた。
その中心に霧が吸い込まれて、竜巻みたいになっている。
そして船はもう渦の中に入ってしまっていた。
オールも何も無い。脱出は不可能だ。
案を考えつく暇もなく、急速に早まる潮の流れにそのまま飲まれ、小さな小舟は姿を消した。