第6章 折れた翼、落ちた羽
チエは生きて、自分なりに道を模索している。
恐らく初めてぶつかった壁に、自信をなくしているんだろう。これだけ歳を取れば、何のこれしきと思うが、チエにとってはきっと一世一代の大問題
誰もが通る道なんじゃろう…
「何が正解かなんて、最初からわかる奴はおらん。何を選んでも選んだものを正解にするしかない」
『……できるかな、私』
いつになく歯切れの悪い返事。まるで小さな子供のようで、自信なさげに丸まった背中をさする。
「さぁな。とにかくやってみろ。何もかも投げ出すのはそれからでもええじゃろ」
『…うん。』
“とりあえず“でもいい。今のチエには、海兵として強くなることでしか、自分の身を守ることが出来ない。わしの手の届くところならば、どうとでもできる。
……アリエのように、遠くへ連れていかれない限りは
「チエ」
『はい?』
「己の正義を掲げろ。どんなものでもいい、それがここでやってくために最低限必要な事じゃ」
世の中に、平等な正しさなどない。必ずどこかに悪があり、暴力と権力が平等を崩す。それと戦うのが海兵だ。
力なき市民を守る仕事
己を犠牲にし、時には理不尽にも耐えなければ成し得ない。だが、戦い続けるには自分の心身を強く保たなければならない。
だから
「わしら海兵には、指針がいらうんじゃ」
『指針?』
海賊がログポースを手に海を行くように、悪と戦う海兵にも折ってはならない信条がいる。
「それをわしらは“正義“と呼ぶ。自分が正しいと信じることを掲げ、それを疑わない。信じて戦う」
『信じて、戦う……』
チエは隣で噛み締めるように繰り返した。言葉を咀嚼して、一文字ずつ理解するように。
指針があれば、戦う理由を迷う必要は無い。挫けそうになっても、理由があれば完全に折れることも無い。それが海兵の正義、言うなれば唯一の心の拠り所
しかし海兵の中には、己の正義しか見えていない奴もいる。拠り所に依存して、本懐を見失う。チエがそうならないとも言いきれないが…
「お前は真面目すぎる。それがあれば少しは気も軽くなるじゃろ」
そう最後に付け加えると、チエはただ頷いて海を真っ直ぐ見た。
その横顔は、さっきよりも幾ばくかマシになっていた