第6章 折れた翼、落ちた羽
「ふん、お前まで海賊に感化されたか」
『そういうことじゃなくて…』
確かに、白ひげに誘われて嬉しいとは思った。あの船はきっと、自分の存在を認めてくれる場所なんだと理解した。
……けれど誘いを断ったのは、エースとあのまま一緒にいれば、私はずっと弱いまま変われない気がしたからだ
──それが、言い訳に思えるのはなんでだろう。
心の内側でムクムクと膨らむ感情が喉の辺りまできて、折り曲げた膝と自分の体の間に顔を埋めた
『─…私は、エースの隣に立ちたい…けど、今はエースから逃げてしまいたいと思っている』
どんなに手を伸ばしても届かないなら、もう手を伸ばしたくない。いっそ手の届かない所へ行ってしまえばいい
顔を埋めたまま、静かに唇を噛み締めた。
こんなの本心にもない投げやりな気持ちだ。心の底からそんなこと思ってる訳じゃない
なのに、零さずにはいられなかったのは、少なからず逃げてしまいたいと思うからで
『…何が正解かわからない』
ガープは小さく蹲るチエを見て、小さな溜息をついた。
隣にいるこの子が、普通の子供のように迷い、葛藤してもがいているのが妙に感慨深かったのだ。
*
この子の父親をインペルダウンへ投獄した時から、わしはチエの面倒を預かってきた。
当初はガリガリに痩せて、殴られた傷もそのままにしていたチエ。父親がいなくなったことを伝えると、塞ぎ込んでしまった。
飯もろくに食わせて貰えない、暴力だって振るわれる。なのに、チエにとってあの男は、“父親“という存在だった。
世間一般とはかけ離れていても、子供にとっては身近な大人に頼ることが、生きることなのだ。当然の摂理の中で、歪んだ関係が生まれたのだろう
そんな父親が居ないと知ると、チエは飯も食わないし、睡眠も取らなかった。力尽くで食べさせようとも、頑なに口を閉ざしていた。ダダンのところに預けても、相変わらずで、死にたがっているようにしか見えなかった
笑いも、泣きもしないチエが、数十年前に助けたアリエと奇しくも重なって見えた。
そんなこの子が、自分の意思で行動して、初めて対面した感情にこうして戸惑っている。
それは生きようとする者にしかわからないものだ。