第6章 折れた翼、落ちた羽
ある晩のこと、たまたまわしが夜遅くまで晩酌をして、外に酔いを覚ましに出た時だった
誰かが舷にしがみついているのが見えて、それがアリエだと気づいた。真っ暗な海の底を覗き込んでいたので、声をかけると飛び跳ねるように驚いておった
「!!」
アリエの様子がいつもと違う。不思議に思って注視すると、この船に乗ってから無表情で笑いもしなかったあの子が、1人で声を殺して泣いていたのだ
悲しくないわけが無い
辛くないわけが無い
恋しくないわけが無い
その時初めて、両親を目の前で殺されたことや故郷のことを詳しく聞いた。
アリエの故郷は一見無人島に見えるが、深い森の奥に小さな集落があって、そこでは森や川の食物を得て生活している。そこから服を作ったり、住居を作ったりする。一年を通して温暖で、自然豊かな場所だそうだ
何十年も前に、一族揃って越してきたらしく、外部から移り住んでくる人間もいない。
そのせいもあって、大ばば様と呼ばれる長老と3世代の家族がいるだけの小さな集落だった。
そんな狭く穏やかな場所で、自分たちは幸せに暮らしていたのだと言う。
「…私たちの村は特殊な場所にあって、普通の人じゃ森で迷ってしまうの」
「自然の迷路みたいなものか」
「そう。だから、人なんて来たことなかったのに……」
話を聞くに、その海賊は初めからその集落狙っていたように思えた。ただ島に漂流して、ついでに食べ物や財宝を奪うのとは違う気がしたのだ
「…ガープさん」
「ん?」
「人って、あんなにも呆気なく他人を殺せてしまうのね」
たった14歳の少女が、まるで世界中の残酷さを見てきたかのような、とても冷たい表情をしていた。
その時のアリエの顔は、今でもよく覚えている。
人はこれを、“絶望“と呼ぶのだろう
「…お前はそうなるな。人の道をゆけ」
「うん」
噛み締めるように頷くその子は、もう海の底など見つめてはいなかった。