第6章 折れた翼、落ちた羽
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「「ピュアだねぇ」よい」
身も心もある意味大人になったマルコとサッチは、胸焼けしそうな思いだった。
エースが思い出す幼少期の記憶は、ある時を境にチエ中心になり、聞く側もどうして今に至ったのか首を傾げるほどだった。聞けばチエも、エースのことが好きで船出の日にはチエから告白までしたそうじゃないか
その時は告白云々よりも、一緒に連れていくかどうかの方が大きな問題だったらしく、エースは連れて行けないと断ったそうだ
「……賢明な判断っちゃー、そうなんだけどなーー」
「それでチエは海軍に…」
そこからはエースが海に出てからの話なので、エース本人も分からない。たった1年と数ヶ月離れただけで、あんなにも変わってしまった
顔付きや態度だけじゃない。度胸や身体能力は、確実に強くなっていた。
「そういえば、チエの身体能力の高さはその辺の海兵なんかと比べると格段に上だったな」
「前にチエから幼少期の話を聞いたことがあったが、お前の話と照らし合わせても、今ほどのレベルではなかったろうよい」
「んー、いや…そうでもねェ」
確かに山には連れていかなかったし、俺たちのように修行もしてなかった。けれど、チエの身体能力は潜在的なものじゃないかとエースは思うのだ。
「昔から足がめちゃくちゃ早かった」
「かけっこのレベルだろ」
「そうじゃねェんだ。普段から山を駆け回っていた俺たちでも勝てたことがなかったし、必死になった時のアイツは…別人みたいだった」
それこそ、今のチエのように。
その場面は、サボがこの世を去って少しした頃。何年かに一度の大きな嵐の日だった
【畑見てくる】
【おい、この天気じゃ飛ばされるぞ!!】
チエは聞く耳も持たず、軋む納屋から飛び出ていった。棒のように細いチエでは、本気で体が持っていかれるほどの強い強風だ。畑なんて気にしている場合じゃないのに
自分も焦って外へ飛び出し、すぐに追いかける。
しかしいくら全力で走っても、追いつけない。少しするとその背中すら見えなくなってしまった。普段ならもう2、3歩で追いつくくらいの距離なのに
まるでチエにだけ、雨も風も当たっていないみたいだった。