第5章 カ タ チ
1年前のあの時、俺は大人ぶってチエを傷つけた
最初は、俺だって一緒に海へ出たいと思ってた。船に乗せたら、危険はあってもずっと傍にいられる。何かあっても俺が守ればいい。甘い考えだとしても、チエが一緒なら大丈夫な気がしていた
けれど歳を重ねていくうちに、それが独りよがりなのではないかと思い始めていた
チエにも、何かやりたいことや叶えたい夢があるんじゃないのか。
さりげなく聞いても、いつもぼんやりと躱されるだけで教えて貰えない
もしかしたら、チエはついて来いと言ったら俺の船に乗るかもしれない。頑固な所はあるが、聞き分けがいい。お互いの気持ちはよく分かっているつもりだったから、尚更そんな心配が出てきた
チエの傍に居たいと思う反面、チエの未来のために離れた方がいいのかとも考えた
チエには危険とは反対の、幸せな人生を送って欲しい。ずっと笑っていて欲しい。けれど、俺が進もうとしている道は、それとは正反対。何より俺自身といることでチエが危険になる可能性の方が大きいと思った
“海賊王の息子“
そのレッテルを払拭するために海に出るのに、振り払えないと頭のどこかで思ってしまう
矛盾だらけの自分が、嫌になった。
……チエの自由を縛りたくない。けれど、「待っていてくれ」と言えば、チエをあの島に留めておけるんじゃないか。離れていても、心だけはここに繋ぎ止めて置けるのではないか。
終いには、そんな邪な考えが無意識のうちに宿っていた。
…いつしかそれが最善だと思うほど、俺はチエに溺れていった
あの時置いていったのは、俺のエゴ
そしてお前は海兵になり、俺たちは敵同士になってしまった
お互いの立場を思うからこそ、素直な気持ちが益々伝えられなくなる
……なのにお前は、俺に置いていくなと言ってくれる。薬のせいであっても、求めてくれている
あと少し、心が傍にありさえすれば。
…昔はあんなにも、お互いの事がよく分かったのに、今は靄に包まれてよくわからない
体の熱だけか、暴走するようにエースを突き動かした
獲物を貪る獣の如くチエの首に吸い付き、愛撫する
止まらない
止められない。
──この熱は、どこまで俺たちの形を歪めてしまうのだろう